北海道(No.2)

次に向かったのは、上川町にある層雲峡。
層雲峡の渓谷沿いに、この日の宿泊地の層雲峡温泉に行く。
層雲峡の景色も夕暮れ時と重なり、残念ながら写真には納められなかった。

層雲峡(そううんきょう)は、北海道上川町にある峡谷である。
大雪山国立公園に位置し、石狩川を挟み約24kmの断崖絶壁が続く。
大雪山黒岳山麓にある層雲峡温泉は大型ホテルなどが立ち並ぶ北海道有数の規模を誇る温泉街で、層雲峡および大雪山観光の中心地となっている。

元々、アイヌ語でソウウンベツ(滝の多い川の意)と呼ばれていた。
これにちなんで大町桂月が1921年(大正10年)に層雲峡と命名。

大函・小函:層雲峡の峡谷美が最も素晴らしい場所である。
約3万年前の大雪山の噴火により堆積した溶結凝灰岩が石狩川によって浸食されたことにより形成された、高さ200m前後の柱状節理の断崖を間近に見ることができる。
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渓谷の流れの上流に向かって行くと、この日の宿泊場所「層雲峡プリンスホテル朝陽亭」だ。
夕暮れ迫るころ、宿泊場所に到着。
早速夕食を・・・

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「味覚膳」は、地元の食材を使っている。
右は、マトンの陶板焼き。
左は、イカ墨を使った「ザンギ」の鍋。
初めての味に感動した、たぬきじゃった。



北海道(No.1) 

たぬきは、5月20日(土)から北海道へ行っていた。
そんなことで、ブログを暫く書いておらず、読者の皆さんには申し訳なく思っている。
出発当日は、出雲縁結び空港を午前9時30分発の飛行機に搭乗し、東京羽田空港で乗り継いで、一路新千歳空港へ。
新千歳空港には、午後2時に到着した。
この日は、天候にも恵まれ長袖シャツ1枚でも汗ばむくらいの陽気だった。

北海道の田園風景と大雪山系を眺めながら道央自動車道を東に進む。

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そして、上川郡上川町にある「北の森ガーデン」へ。

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ここでは、「ふかし芋」をいただき、併設されている「アイスパビリオン」へ入場。

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      このホイルに包んであるのが、ふかし芋。
       (希少価値の高いじゃyがいも)

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      アイスパビリオンに入場する前に、係員から説明を受ける。

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      中は、完全に冷凍庫状態。

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      入口から持って入った濡れたハンカチも完全に凍りついた。

途中には、-41℃を体験できるブースもあり、極寒の北の大地を体験できた。

冷凍庫のような通路を抜けると、熱いお茶のサービスをしてもらえる。

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この売店のあるブースで暫く休憩してから外へ出る。

        


家族の絆

このことは、随分前にもこのブログで書いたことがある。
もう一度、家族というものを考えてみよう。

家族は、誰にとっても一番大事な存在だろう。
また、家族は一人ひとりの結びつきも非常に強い。
加えて、日々の生活も共に送っている。
だから、「かけがえのない」という感情を生み、家族みんなが健康で幸せな家庭を築きたいと思うのではないだろうか。
家庭には、「消費生活を支える場」、「子どもを生み育てる教育の場」、「休息、安らぎを得る場」など、さまざまな場があるが、いずれも家族みんなの繁栄と幸福のために、家族全員がそれぞれ役割分担をしているところに、その特徴がある。
だから、家族というものの意義と共に過ごすことの喜びがあるのではないだろうか。

核家族化が進み、家族の果たす役割も変化している。
そのことを思うと、家族が一緒に過ごす機会を増やし、家族間のコミュニケーションを深めていくことも重要だ。
家族であるが故に、あまりに身近か過ぎて、感謝の気持ちを忘れがちでもある。
「母の日」や「父の日」に、少しだけでも感謝の気持ちを表してはどうだろうか。

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住職ノート
田んぼからカエルの声が、けたたましくなってきました。
農家の方がたは、水溜、耕し、また水溜、田植えと、米の字のごとく八十八の手間ひまかけて、私の口にもたらして下さるのです。
勿体ないことです。
有難いことです。

今月後半の掲示は
 「いくら長生きしても 幸せのど真ん中にいても お陰様が見えなけりゃ 一生不幸」
としました。

数年前にお邪魔したお寺の奥さんに教わった言葉です。
本当にそう思います。
みんな、みんな、お育てで今日あるのを悦べば、一つ一つがどんなに素晴らしいことか。

足元を見て明日も過ごしていきましょう。
驕る(おごる)こともないのです。
喜怒哀楽の人生に、合掌の姿を大切に。


たぬきの病状回復

以前、体調不良ということをブログに書いた。
そのうち、その経緯をブログに書くと読者の皆さんに約束していたのだが、やっとその時期がやってきた。

たぬきの病気は、昨年12月に遡る。
12月の初旬、かかりつけのお医者さんに行き、血液検査と尿検査をしてもらった。
特に体調が悪くもなかったのだが、定期検査は受診するようにしていた。
検査の結果、尿から潜血反応があると言われた。
別に、お腹が痛くもないし、普通に生活をしていた。
特筆すべきは、1ヶ月前の11月に職場健診を受診したのだが、検尿結果も異常なしだったことだ。

早いうちに泌尿器科を受診するようにと、紹介状を書いてもらい、数日後にたぬきもよく知っている泌尿器の先生の所へ行った。
腹部エコーでは、膀胱に腫瘍があるということから、直ちに内視鏡検査をすることになった。
内視鏡検査の結果、2㎝くらいの腫瘍があり、膀胱がんと診断された。
手術が必要とのことで、松江赤十字病院へ紹介状を書いてもらい、12月中旬にCT検査。
今年1月中旬に入院、手術。
手術も無事終わり、5日間入院してから退院。
執刀医の先生からは、腫瘍は全て切除したが、筋性浸潤性がんや転移性がんの可能性もあり、組織検査の結果をみて判断すると言われた。
1週間後、病院に行き検査結果を聞くと幸いにも筋層非浸潤性がんということだったが、再発の可能性があるので3ヶ月に1回は泌尿器科を受診するように言われた。

そして、先月泌尿器科を受診し、PET検査をしてもらったが、結果は陰性で転移等もないということだった。
また、昨日は念のためにということで、内視鏡検査をしてもらったが、手術の痕も綺麗に再生しており、問題ないとのことだった。
そんなことで、取り敢えずたぬきも一安心したところだ。

しかし、再発の可能性もあることから、3ヶ月に1回の検診は必要とのこと。
今度は、8月に受信することにしている。

振り返ってみると、がんを宣告された時には、目の前が真っ暗になった。
このまま、がんの治療(抗がん剤)を続けることになれば、今のたぬきの仕事が続けられなくなり、職場の皆さんに迷惑をかけるようになる。
早いうちに、後任を探して仕事の引継ぎをしなければならない。
加えて、家族にも大きな迷惑をかけることになる。
などと、これから先の暗い人生しか思い浮かばなかった。

今のところ、抗がん剤の接種も必要なく、大きな問題はないので比較的安心している。

この世には、大きな病を抱えて苦しんでおられる多くの人々がいる。
たぬきは、今回の病気の経験から、そういう人の思いを深く感じながら人生を送っていこうと思う。

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住職ノート

常例法座のご案内
緑がまぶしい季節です。
いかがお過ごしでしょうか。
今月の法座は次のようにお勤めいたします。
どうぞお参りください。

 時   5月16日(火) 午前10時~
 内容 大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり


黄砂(2017.05.07)

久しぶりにブログを書く。
たぬきは、4月末からの連休中、バタバタと過ごしていた。

以前は、どんなに忙しくても毎日欠かさずブログを書いていた、たぬきだったのだが・・・
少しでも近況を報告しながらブログを書き進めたいと思う。

それはともかく、松江では昨日から黄砂がひどく、視界が悪い状態が続いている。
今日、お寺の墓苑に行くと、北山が霞んでいる。

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毎年のこととはいえ、外に洗濯物は干せず、車の上も黄色くなる。
偏西風に乗ってくる「黄砂」や「PM2.5」。
何とかしてほしいと思うのは、たぬきだけだろうか?

黄砂(黄沙)とも、こうさ、おうさ。
英語: Asian Dust)とは、特に中国を中心とした東アジア内陸部の砂漠または乾燥地域の砂塵が、強風を伴う砂塵嵐(砂嵐)などによって上空に巻き上げられ、春を中心に東アジアなどの広範囲に飛散し、地上に降り注ぐ気象現象。
あるいは、この現象で飛散した砂自体のことである。
日本でも、西日本を中心に影響を受けている。
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住職ノート
青葉若葉の緑の季節になってきました。
緑の中にツツジが赤、白、紫と鮮やかな色を見せてくれています。
先日、中山間地域のお寺にご縁をむすばさせていただきました。
山々の様々の緑の光景に、自然の中にある私を悦びたいと思ったことです。

今月の標語は、
 「たとえ朝咲いて 夜散る花であっても その中には無限の “いのち”がある」
としました。
桜が、ツツジが、水仙がきれいな花を咲かせ、私をなごませてくれ、一仕事終え、散って往っても、限りない縦の横の“いのち“の繋がりがあるのですよね。
実は、私自身の”いま“がそうなんでは、と思うことです。

今の与えられた“いのち”を精一杯、堂々と生きて行きたいと思う今日この頃です。
先日いらっしゃた、ご主人をなくされた女性の方が、この言葉を読み、涙を流されて帰っていかれました。
くれぐれもご大事に。

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牡丹

ふと、庭を見ると牡丹が咲いている。
たぬきが、20年近く前に「大根島」で買ってきて、庭に植えたものだ。
牡丹は、地植えが難しいと聞いていたが、しっかりと根を張り、毎年咲いてくれる。
少しも手入れもせずに、ほとんどほったらかしなのだが・・・

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大きな花が心を和ませてくれる。
今年は、一株から3輪の花が咲いた。
来年も大きな花が咲くことを期待し、今年はしっかりと手入れをしたいと思う。

ボタン(牡丹、学名:Paeonia suffruticosa)は、ボタン科ボタン属の落葉小低木。

または、ボタン属(Paeonia)の総称。
別名は「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」 「名取草」「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など多数。

以前はキンポウゲ科に分類されていたが、おしべ・花床の形状の違いからクロンキスト体系ではシャクヤクとともにビワモドキ目に編入され、独立のボタン科とされた。
APG IIIではユキノシタ目とされる。

原産地は中国西北部。元は薬用として利用されていたが、盛唐期以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好されるようになった。
たとえば、『松窓雑録』によれば、玄宗の頃に初めて牡丹が愛でられるようになったものの、当時は「木芍薬」と呼ばれていたと記載される。
また、隋の煬帝や初唐の則天武后が牡丹を愛でたという故事がある。
ただし郭紹林はこれらの故事を慎重に検討し、虚構であると結論づけている。
清代以降、1929年までは中国の国花であったとされることもあるが、清政府が公的に制定した記録はみられない。
1929年、当時の中華民国政府は国花を梅と定めた。中華民国政府が台湾に去った後、公式の国花は定められていなかった。
中華人民共和国政府は近年、新しく国花を制定する協議を行い、牡丹、蓮、菊、梅、蘭などの候補が挙げられたが、決定に至らなかった。
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因みに、島根県の花は、牡丹!


常例法座(2017.04.16)

昨日、毎月恒例の常例帆座があった。
常例法座は、毎月16日と決まっている。
そんなことから、仕事のあるてぬきは、平日はお参りできないことが多い。
しかし、お参りできる時にはお寺に行くのが門徒としての勤めかも・・・
そんなことを思った、この日の常例法座だった。

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最初は、讃仏偈を読誦し、浄土真宗のみ教えを唱和。
法話は、住職が「浄土真宗本願寺派」の法語カレンダー今月のことばから
  「仏の御名をきくひとは ながく不退にかなうなり」
を引用して話をされた。

これは、親鸞聖人の「浄土和讃」の一節で、その前段には
  「たとい 大千世界にみてらん火をも すぎゆきて」
とあることなどを分かりやすく説明された。

南無阿弥陀仏と唱えるのだが、それを聞くと表現するところが浄土真宗のみ教えの特徴。
名は体を表すと言われるが、まさに南無阿弥陀仏とは、そのままの教えだろう。

住職には多くのことを教えていただいたが、所詮たぬきの許容限度はこの程度かもしれない。
詳細は、住職ノートで・・・

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法話の後には、いつものように参拝者一同で、お茶をいただいて歓談した後、
 恩徳讃
を斉唱して、常例法座は終了した。



住職ノート
  「散る桜 残る桜も 散る桜」 
今年の西宗寺の桜は、何とも言えず私の眼を、近隣の人の眼を、なごませてくれましたが、早、葉桜になってきました。
最近はソメイヨシノも山桜も同じころに咲くようになってきました。
これも地球温暖化のせいでしょうか。

今月に入り、異なったご往生の姿に出合わさせていただきました。
ご主人の帰りを待っておられた奥さんが、帰りが遅いので職場に電話されたら、亡くなっていらしゃった方。
突然のことで、何が何やら迷うばかりのこと。
また、昨年は、元気で長寿お祝いに、知事さんの訪問を受けられた102歳のおばあちゃんの安らかな往生。
そして、1月に肺癌が見つかり、家族の看病もむなく74歳の生涯を終えられた男性。 
本当に「死」は時を選ばずとは、私たちが厳しい教えを受けているようです。
その度に、私自身がその生涯を通して、教えていただくことの多いこと。
そして、残された方々に「いのちのバトン」をしっかりと受け継ぎ、生きていってほしいことを話したことです。

その一方、お父さんの、お母さんのご法事なのにどうされたやらと心配でお電話をすると、「家族で済ませましたので」とのこと。
葬儀の時にあれほど涙を流し、私も精一杯務めさせていただいたのに、といささか愚痴ったり、寂しく思ったことです。
現代社会が簡単に事を済ませようとする姿に私たちの姿勢を反省することです。
人間社会は、縦の関係、横の関係共々に支えあって存在していることを思えば、素朴な、温もりのある人間関係をと思うのは私だけでしょうか。

今月の標語は
 『御尻に無常の火が付いているヨ 「いたずら者を助けんがための」お念仏に出会いましょう』
としました。
不信の人、未信の人、様々の生業の中で自分の姿を見つめていきましょう。
『散る桜 残る桜も 散る桜』ですもんね。

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