イタリア(No.7)


たぬきはヴェネツィアに上陸した。

        IMG_0175.jpg

        IMG_0176.jpg

        IMG_0179.png

        IMG_0180.jpg

曇り空、暫くすると小雨がぱらぱら落ちてきた。
橋の上から運河を見下ろすとゴンドラが見える。

        IMG_0186.jpg

広場には、土産物売りの屋台の準備が始まったようだ。

        IMG_0188.jpg

        IMG_0189.jpg

運河に架かるこの橋は「ため息橋」というらしい。

        IMG_0194.jpg

ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )とは、16世紀に架けられたヴェネツィアの橋の1つである。
白の大理石で造られたこの橋には覆いがあり、石でできた格子の付いた窓が付けられている。
Rio di Palazzoを渡り、ドゥカーレ宮殿(写真左手)の尋問室と古い牢獄(写真右手)を結んでいる。

ため息橋からの眺めは囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であった。
ため息橋という名前は、独房に入れられる前に窓の外からヴェネツィアの美しい景色を見られるのは最後であるというので囚人がため息をつくというところから、19世紀にジョージ・バイロンが物語詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』の中でBridge of Sighsと呼んだのが初めである。
実際には、厳しい取調べや略式の刑執行は橋が建設された頃には無くなっており、宮殿の屋根の下の独房も専ら短期刑の囚人のものであった。

現在は、ヴェネツィアの観光名所となっており、ドゥカーレ宮殿のそばで海側のバリア橋(Ponte.Paglia)がため息橋を眺めるスポットとして有名な他(上の写真はそこから見た景色)、1つ内陸の橋(写真の奥に見える橋)からも見ることができる。
また、牢獄も公開されており、ドゥカーレ宮殿からため息橋を渡って、外の景色を眺めることも可能である。

地元の言い伝えによれば、恋人同士がこの橋の下で日没時にゴンドラに乗ってキスをすると永遠の愛が約束されるのだという。
このため、橋の下の水路は、ゴンドラでヴェネツィアを観光する時の定番のコースとなっている。
この伝説をモチーフとして、『リトル・ロマンス』(1979)という映画も作られている。
          Byウィキペディア   


罪人にとっては辛いものだったようだ。

続きは、また次回・・・・・



イタリア(No.6)


ヴェネツィアに向かう船に乗った、たぬきは、これから20数分の船旅を楽しむ。

        IMG_0130.jpg

        IMG_0131.jpg

        IMG_0133.jpg

        IMG_0135.jpg

        IMG_0136.jpg

見るもの全てが新鮮だ。
これらの写真を見てもらうと分かると思うのだが、信じられないくらい長い船が係留してある。
これが、ヴェネツィアか?
そんなことを思いながら船に揺られていると、船の進行方向の左右に綺麗な建物が見えてくる。

        IMG_0147.jpg

        IMG_0149.jpg

        IMG_0153.jpg

        IMG_0151.jpg

        IMG_0155.jpg

        IMG_0158.jpg

このように素晴らしい景色が眼前に広がる。

ヴェネツィア(イタリア語: Veneziaは、イタリア共和国北東部に位置する都市で、その周辺地域を含む人口約26万人の基礎自治体(コムーネ)。
ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県都である。
ヴの表記によりベネチアと表記されることもある。

中世にはヴェネツィア共和国の首都として栄えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」などの別名をもつ。
英語では「Venice」と呼ばれ、これに由来して日本語でもヴェニス、ベニスと呼ばれることもある。

古来はラテン語でウェネティ人の土地を意味し、ウェネティ人が住んでいたアドリア海の奥に拡がる土地をウェネティア (Venetia) と呼んだことから来ている。
この綴りをそのままイタリアでのラテン語の読み方に従うと、ヴェネツィア(ヴェネツャ)となる。
英語でヴェニス (Venice)、フランス語でヴニーズ (Venise)、ドイツ語でヴェネーディヒ (Venedig) と呼ばれる。
ヴェネツィア方言では、古語は Venexia、現代語では Venessia(まれに Venezsia)と表記され、ヴェネーシアとヴェネースィアの中間に近い音で発音される。

日本語の表記では、イタリア語から来たものでもヴェネーツィアを始めとして、ヴェネチア、ベネチア、ベネツィアなどもある。
英語由来の日本語表記では、ヴェニス、ベニスなどと書かれることもある。

英語での形容詞形"Venetian"はヴィニーシャンとヴェニーシャンの中間に近い発音だが、これの日本語表記は「ヴェネチアン」または「ベネチアン」となることが多く、また、綴りは異なるがイタリア語の影響から「ヴェネツィアン」と表記されることもしばしば。
          Byウィキペディア     


確かに、難しい表現だ。
たぬきには、「ベニス」の方がなじみが深い。
誰もが聞いたことのある「ベニスの商人」だ。

ベニスの商人とは・・・・・
中世イタリアのヴェネツィア共和国と架空の都市ベルモントを舞台に繰り広げられる商取引と恋の喜劇で、ユダヤ人の金貸しシャイロック(英語版)が金を貸す際に取った、人命にかかわる内容の証文が現実になったことによって起こる裁判と、ベルモントの美しい貴婦人を射止めんとする若者の話を基軸とする。

この話の元になったものとして主に次の2つがある。ひとつは中世イタリアのデカメロン調の物語集『イル・ペコローネ(愚者)』(Il Pecorone)の4日目第1話であり、人肉裁判と指輪の部分の原話である。もうひとつはラテン語による短編集『ゲスタ・ローマーノールム』で、箱選びの部分の原話となっている。
          Byウィキペディア


イタリアの歴史に触れる旅。
これから益々イタリアに感動することだろう。

続きは、また次回・・・・・



住職ノート
立春も過ぎたというのに今年最大の大雪。
でも北陸、北海道、東北の方々の事を思えば、愚痴も考えなければなりません。
逃げていく2月も、半ばになり、あの雪の下には、明るい春の日を待っている新しい命がきっと耐えていることでしょう。

今月後半の標語は
 「仏様の み心は 私を照らす 常燈明」
としました。 
学生の頃、バスから降りて暗い夜道(当時は外灯もなし)を帰るときの寂しかったこと。
峠を超えて老夫婦が待ってくれる灯りを見たときのうれしかったこと。
安心したこと。
仏さまの光りは、常なる大きなる灯火と示してくださっています。
仏さまの願いは、この私に向けられた光なのです。
聞かせてもらいましょう。
堂々とした、安心の日暮らしをしたいものです。



イタリア(No.5)

たぬきの家の周りの雪は、依然として余り解けない。
今日は、随分強い風が吹くなあと思っていたら、なんと中国地方に「春一番」が吹いたらしい。
このまま春が来てくれればいいのだが・・・
今日のたぬきは、午後から所持している「小型船舶操縦士1級」の免許更新のための講習を受講しに出かけていた。
気温は11℃位まで上がっていたようだが、体感気温はあまり上がっていたようには感じなかった。

さて、ぼちぼちイタリア旅行について書かなければ、読者の皆さんから叱られそうだ。
ということで、少しづつ書き進めることにしよう。
ホテルを出た、たぬきはアドリア海の北にある島、ヴェネツィアへ向かう。
本土から左右に海を見ながらリベルタ橋(リベルタ通り)を渡る。

        IMG_0112.jpg

リベルタ橋(伊:Ponte della Libertà =「自由の橋」)は、ヴェネツィア島と本土のメストレ地区とを結んで、ヴェネツィアの潟に架かる道路橋。長さ3850m。
エウジェニオ・ミオッツィにより設計され、ベニート・ムッソリーニによって1933年、「リットリオ橋(Ponte Littorio)」という名で開通した。
第2次世界大戦の終結時、ファシズムからの解放を記念して、リベルタ橋と改称された。
なお、ほぼ全長にわたって並行している鉄道橋は、オーストリア帝国支配下のロンバルド=ヴェネト王国時代の1846年に開通している。
          Byウィキペディア    


        IMG_0116.jpg

丁度、横を電車が通過した。
全長4kもあるような直線の橋を渡る。
橋を渡ってから一旦バスから降りて、ヴェネツィア中心部へは船で移動する。
駐車場から船着場までは、徒歩で5分程度かかる。
途中には、土産物店が軒を連ねる。

        IMG_0120.jpg

        IMG_0121.jpg

そして、船着場に到着。

        IMG_0123.jpg

        IMG_0124.jpg

        IMG_0125.jpg

たぬきたちが乗る水上タクシーは、桟橋の向こう側に係留している大きな船のようだ。
夢に見た「ヴェネツィア」へ・・・
期待は膨らむばかりだ。

続きは、また次回・・・・・



イタリア(No.4)

このところの寒波襲来で松江市も大雪になっている。
平年は、10~20cm程度の積雪だが、今日は40cm位積もった。
山陰は、決して雪国ではないので、この雪にとまどっている。

さて、雪の話題はともかく、イタリアのお話をしよう。

フランクフルトから向かったのは、ヴェネツィア・テッセラ空港。             

ヴェネツィア・テッセラ空港(伊: Aeroporto di Venezia-Tessera, 英: Venezia Tessera Airport)は、イタリアのヴェネツィアにある空港である。
ヴェネツィア本島の北北東 約7kmに位置している。
ヴェネツィア出身の旅行家であるマルコ・ポーロにちなんでマルコ・ポーロ国際空港(Malco Polo International Airport)という名称が一般的である。
2007年には700万人以上の旅客を取扱い、イタリアでは4番目に忙しい空港とされている。
          Byウィキペデイア     


そう言えば、フランクフルト空港の案内板に「マルコ・ポーロ国際空港」と表示してあったことを思いだした。

そして、ヴェネツィアのホテルに到着したのは、現地時間で1:00前。
この日からイタリア旅行が始まるのだが、6:00には起床して準備をしなければならない。
また、寝不足か?
6:00前に起きた、たぬきは、宿泊したホテルの確認。
泊まったホテルは、「スマートホテル ホリデイ」
これが、ホテルの本館。

        IMG_0108.jpg

たぬきが泊まったのは、その裏のこんな建物。

        IMG_0103.jpg

うーん、どうなんだろうなあ。
まあ、寝られればそれでいいか!

ホテルの本館で、たぬきのブログをイタリア語に変換して、残して置いた。

        IMG_0102.jpg

このホテルに宿泊する人に、もしかしたら見てもらえるかもしれない・・・

続きは、また次回・・・・・




イタリア(No.3)

ドイツフランクフルト空港には、日本時間で3:00を既に回っていた。(現地時間は、19:00を回ったばかり)
その間、殆ど仮眠もとれていない。
これは、イタリアという地に来て寝不足で苦労するだろうと、そんな予感がする。
空港でのターミナル間の移動は、スカイラインに乗って移動する。

        IMG_0075.jpg

各国のハブ空港の多くは、バス以外にこんな連結した電車で移動することが多い。
さて因みに、フランクフルト空港はどんなところかというと

フランクフルト空港(フランクフルトくうこう、ドイツ語: Flughafen Frankfurt am Main)は、ドイツのフランクフルト・アム・マインにあるドイツ最大規模の国際空港である。
空港コードはFRA/EDDF。

ヨーロッパでは、ロンドンのヒースロー空港、パリのシャルル・ド・ゴール空港と並ぶ大規模空港であり、世界における国際線の重要なハブ空港のひとつでもある。
空港の運営はフラポート株式会社(Fraport AG)が行っている。

ドイツのフラッグ・キャリアであるルフトハンザドイツ航空がメインハブ空港として使用している。
しかし当空港の受け入れ能力不足のため、ミュンヘンのミュンヘン空港にも輸送を振り分けている。

当空港の半径2000km以内にヨーロッパ・地中海沿岸諸国の主要都市の多くが収まるという立地条件もあって、日本から欧州へ移動する際にも、主要な玄関口のひとつとなっている。
首都圏からは羽田空港及び成田空港、関西圏からは関西国際空港、中京圏からは中部国際空港との間で直行便が運航されている。
いずれも運航会社はルフトハンザドイツ航空であり、日系キャリアと共に日本の三大都市圏からEU域内への旅客運送を支えている。
          Byウィキペディア     


フランクフルトでのトランジットの待ち時間は、約3時間。
この時間を利用して、土産物売り場などを散策して時間待ちをする。

そして、フランクフルト国際空港からヴェネツィア・テッセラ空港へ向かう。

        IMG_0079.jpg

        IMG_0081.jpg

        IMG_0082.jpg

        IMG_0083.jpg

22:00に出発した飛行機は、ヴェネツィアに向けて、1時間15分ばかりのフライトになる。

続きは、また次回・・・・・



住職ノート

門信徒総会のご案内
西宗寺門信徒会「総会」を下記のとおり開催いたします。
会員各位が意見を述べ、話し合うまたとない機会です。
どうぞご出席いただきますようご案内申し上げます。
 日時 2月11日(日・祝日) 午後2時~
 内容 審議(行事報告、決算・予算報告、特別事業、その他)
     交歓会~運転はご遠慮ください



イタリア(No.2)

たぬきはこのところ、アジア圏ばかり行っていたのだが、久しぶりのヨーロッパ。
思わず気持ちも昂る。

        IMG_0040.jpg

とは言え、長時間のフライトに耐えなければならない。
それが、だんだん苦痛になるようだ。
今回は、ルフトハンザドイツ航空で東京国際空港(羽田)から一旦ドイツのフランクフルトへ行き、トランジットしてルフトハンザドイツ航空でヴェネツィアへ行く。
フランクフルトまで北回りで約12時間。

        IMG_0061.jpg

フランクフルトからヴェネツィアまで約1時間20分。
日本とイタリアでは、時差が8時間ある。
たぬきの体内時計も狂うだろう。

        IMG_0044.jpg

        IMG_0054.jpg

窓の外には綺麗な夕日が見える。

機内食は、

        IMG_0058.jpg

        IMG_0066.jpg

こんな感じ。
たぬきは、下の写真の「すき焼き風」の夕食をいただいた。

そして、殆ど眠れないままフランクフルトに向かった。

つづきは、次回・・・




住職ノート
今年も早、如月。
まだまだ厳しい寒さが続きます。
雪の中に、蝋梅が黄色の花をつけています。
その脇の棚に乗せた、ミカンの切れをメジロがついばんでいます。
自然の移ろいを感じさせてもらっています。

今月は、九條武子さんの言葉
 「自己の悲しき心を知った時 仏の尊き心を知ることができる」
を標語としました。
武子さん(1887年~1928年)は、日本の仏教婦人会活動の基礎を築かれただけではなく、女子教育、社会事業、また歌人として活躍され、西本願寺では「如月忌」が営まれます。
自己を知ることは仏を知ることとの強い信念の下、信仰が生活の力となることを、身をもって示された方でした。
改めて私の生き方を考えたいものです。



イタリア(No.1)

本当に久しぶりにブログを書く。
読者の皆様には申し訳なく思っている。

たぬきは、日本中が寒波に襲われている中、イタリアへ行っていた。
初めてのイタリア旅行だったが、いつものようにドタバタだったように思う。
その旅行記を今から書いていこうと思う。

イタリアのローマには、世界三大宗教であるキリスト教の大本山(バチカン)がある。
また、いたる所に教会があり、イタリア旅行ではキリスト教抜きでは語れないところもある。
たぬきは、帰国してからイタリア旅行のブログをどのように書いたらいいだろうかと考えていた。

お寺のたぬきがキリスト教を語る?
それは無いだろう・・・?

しかし、宗教は何であろうと、それは崇高なものだと思っている。
また、色々な宗教を知ることによって信心が深まるものだとも思う。
そんなことを悩みながら、イタリア紀行を書き進めることとしようかのう。

今回の旅行は、鳥取県米子市の「米子鬼太郎空港」から・・・

        IMG_0021.jpg

        IMG_0023.jpg

        IMG_0025.jpg

7:20 定刻に飛行機は空港を離陸した。
天候は曇り。
東京羽田空港へ向かう。

        IMG_0027.jpg

羽田空港には、9:00 前に到着。
国際線ターミナルまでは、無料の連絡バスで行く。

        IMG_0038.jpg

国際線ターミナルで遅い朝食を摂った。
次の搭乗便は、15:20 で十分すぎるほど時間がある。
時間待ちの間に、事前予約しておいた海外で使用できるwifiを借りに行く。
そして、準備万端。
イタリアへ向かうこととなる。

つづきは、次回・・・




QRコード作成
写真・画像のWEB加工