インド紀行(No.22)

案内をされるままに、大きな伽藍を右回りに進むとオレンジ色の法衣を着たタイの僧侶の集団が読経をしている。

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仏教の聖地であるこの地を訪れる各国の仏教徒の姿を見て感動した、たぬきじゃった。

ブダガヤの聖大菩提寺の裏手に回ると、釈尊が成道されたところに結界で囲まれた「金剛玉座」と4代目と言われる大きな菩提樹の樹がある。

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壁面を見ると仏像の彫刻もある。

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そして、この場所において参加者全員でお勤めをする。

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仏教徒であれば、必ず一度は訪れて見たいだろうこの地に来られた感慨深さは、参加された皆さん同じ気持ちだっただろうと思う。
この時たぬきは、本当にインドを訪れてよかったと思うとともに、心の中に大きな感動が湧きあがった。

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もう一度訪ねることができればいいのだが・・・

つづきは、また次回・・・




インド紀行(No.21)

ゆったりと、「インド紀行」を書いており、退屈されている方もおられるかもしれないが、今暫くご容赦のほどを・・・

先週の「本願寺念仏奉仕団」のバスの中で、住職が「大乗」10月号の話をし、その本を車内で回覧したことから、京都へ向かう道中、「たぬきのインド紀行の話をしろ」とのオファーがあり、何の準備もないまま拙い話をしてしまった。
何ごとも「百聞は一見にしかず」といわれるように、言葉だけの表現では説明も難しく、一応の話はしたものの、話し手のたぬきも聞き手の皆さんも今一だったかもしれない。

そこで、たぬきは今度の常例法座の最後の時間を少し頂いて、パワーポイントでインド仏跡紀行のお話をさせていただくことにした。
京都から帰って、土曜日からパワーポイントの作成に取り掛かり、何とか目途がつくまでになった。
少しばかり安心したので、ブログに手を付けようと思う。

それでは、インド紀行の続きを書くとしよう。

バスは、ブダガヤに向かって進む。

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ブダガヤでは、スジャ―タ・ホテルでトイレ休憩の後、「聖大菩提寺」に向かう。

ブダガヤはビハール州第二の街ガヤの南約11kmにあり、お釈迦様が悟りを開かれた聖地として有名です。
町の名は、お釈迦様にちなんで「仏陀のガヤ」がその由来になっています。
悟りを開かれた場所には現在聖大菩提寺(マハー・ボディー寺)が建ち、寺を中心にした寺院町となっています。
町の東側には尼蓮禅河(ナイランジャナ川)が流れ、本来のブダガヤ村は寺と川に挟まれたところにあり地元の人々のためのバザールで賑わっています。
一方、寺の西側は各国の寺院やホテル、ゲスト・ハウスが建ち並んで新市街となっています。
仏教徒にとって最も大切な聖地であるブダガヤには、最も歴史のある日本の超宗派で建立された印度山日本寺をはじめとして、大乗教インド別院があり、タイやチベットなど諸外国寺院も建立され、それぞれの寺院を参拝するだけでも違いをご覧いただけます。
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聖大菩提寺境内に入る時は、看板にあるように「スマートフォン」など携帯電話の持ち込みは禁止されており、たぬきはバスの中にアイフォンを置いて、代わりにデジカメを持ってきた。

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入場するには、空港並みの手荷物検査とボディーチェックがある。
それもそのはず、4年前の2013年7月7日早朝、聖大菩提寺で爆弾テロ事件が発生しているからのようだ。

聖大菩提寺(マハー・ボディー・マンディール)【世界遺産】
ブダガヤで最も大切で世界中の仏教徒が参拝におとずれるのが聖大菩提寺です。
この地はお釈迦様が悟りを開かれた地で、小高い丘の中にあり、参道から20段ほどの階段を下りて参拝しますが、イスラム教が侵入する際、大切な聖地を護ろうとする人々によって聖地に土をかぶせたのだという話を聞くと、当時の人々の仏教に対する敬意を感じることができます。

大菩提寺で最も大切な場所は金剛宝座と菩提樹で、金剛宝座はお釈迦様が座されたところに、紀元前3世紀、マウリア王朝アショーカ王により建立されたといわれ、悟りにゆかりの深い菩提樹(四代目といわれる)とともに結界で大切に護られています。
聖大菩提寺の中心となるのが金剛宝座の東に建つ高さ52mの大精堂で、本堂にあたりお釈迦様の悟りの姿である降魔成道仏が本尊として安置されています。
金色に輝く本尊は春秋の衣、夏の衣、冬の衣と、年に三度僧侶の手によって着替えをされます。 
以前には2階の蔵経楼にも上れましたが、現在は閉鎖されています。

境内には他に、悟りを開かれた後に立ち行をされた場所や風雨から守ったとされるムチャリンダ竜王が住むといわれる池、悟りを得られた後に供養を受けられてた地などがあります。
聖大菩提寺は、インドには仏教がないといわれますが、全ての宗教に開放されているために、聖大菩提寺の境内では、上座部仏教徒や大乗仏教徒、チベット仏教徒がそれぞれの作法で法要を行い、普段接する機会の少ない礼拝の姿を見ることができます。

例えば上座部仏教の法要では金色や黄色、また純白の布を持ち大精堂の回りを右繞しながら参拝し、チベットの人々は大精堂に向かって五体倒地を繰り返し、また、境内の回廊を尺取り虫のように五体倒地しながら進んでいる姿などを見かけることもしばしばです。

また、お釈迦様もヒンズー教でいうビシュヌ神の化身であることからヒンズー教徒の熱心な礼拝を見ることができます。
特に、ヒンズー教のお盆にあたる「ピンディー・ダン」の法要などは興味を惹かれます。

最近には、ダライラマ猊下により寄進されたお釈迦様生涯のレリーフが北側の側壁に設けられ、南側にはタイの国王により寺院と公園が寄進されました。

尚、参拝の際は境内全て靴を脱いでの参拝となります。 入場料はございませんが、カメラ撮影料、ビデオ撮影料が必要です。
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ムチャリンダ竜王が住むといわれる池で、竜王はコブラだったと伝えられる。

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池の入口には、アショカ王の石柱がある。

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つづきは、また次回・・・



インド紀行(No.20)

ブダガヤまで長い道のりだと思っていたのだが、後から振り返ってみれば2時間半くらいの行程だった。

後で分かったことなのだが、たぬきたちがブダガヤに向かって通っている道は、3年前に造られた道らしい。

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やっと町らしいところに到着した。
それで、ここはどこ?

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ここにもごみの山がある。
何故こんなにごみの山がいたるところにあるのだろうか。
インドのごみ問題は、インターネットで検索すると多くのことが語られている。
たぬきが訪れたビハール州だけでなく、インド全土でごみ問題があるようだ。

たぬきが、添乗員さんから聞きかじったことによると、元々インドでは一旦人が口にしたものは不浄といわれており、水を飲む時には素焼きの器で飲み、飲んだ後はその器は捨てられていた。
器が無ければ、清浄といわれる右手ですくって飲む。
素焼きの器であれば、捨ててもいずれは土に帰る。
だから、古き時代には環境汚染につながらなかった訳である。

現在のインドでは、捨てる文化が根強く残っており、今ではプラスチック容器だろうとなんだろうと、すぐに捨ててしまう。
即ち、捨てる文化がある限り、このごみ問題は解決されないのだろう。

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大きな川を渡った所にバザールがある。
このように、インドでは町の道路沿いに多くの露店が出ており、地元の人たちで賑わっている。
野菜あり果実あり。
出来たらこんなところで買い物でもしてみたい気分になる。

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インド紀行(No.19)

ブダガヤへ向かっているたぬきだが、今暫く途中の景色を見てほしい。
たぬきが、こんなに回りくどく目的地へ行くまで、その途中の経路の写真を載せているのは、こんな機会でもない限り紹介することができないからだ。
仏跡だけの紹介だったなら、ネットで見ればそれでいい訳だ。
目的地に至るまでの経過をしっかり見てほしい。
敢えて、たぬきが紹介するまでもなく、このブログを見た人に感じてもらえばいいと思う。

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水牛は、こうやって水浴をするのか?
始めて見た水牛の水浴びに少しばかり感動した、たぬきじゃった。

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窓外には、岩山ばかりの景色が続く。

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ブダガヤまでは、まだまだのようだ。

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そのうち、鉄道の線路が見えてきた。
道路は曲がって、踏切を渡る。

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到着までは、まだしばらく時間がかかるようだ。

つづきは、また次回・・・ 



住職ノート
朝晩涼しさを通り過ぎ、寒さを感ずる10月になってきました。
黄色く色づいた稲穂、彼岸花の凛とした直立不動のあぜ道、ユラリユラリと風の吹くままに頭を振るコスモス。
穏やかな光景がここにあります。

先日喜ばしい知らせを届けてくださいました。
一つは「世界の奇虫図鑑」という本を、若いご門徒が発行されたこと、小学6年生が全国柔道大会で3位に入賞したこと。
それぞれが自分の関心のあることに挑戦して立派に努力している姿に、私自身が教えられることです。
深まる秋の夜長に、じっくりと本でも読みましょうか。
スポーツの秋,
読書の秋、食欲の秋・・・・・。

今月の標語は
 「夜半の目覚めの 南無阿弥陀仏 つれて行くぞの 親の声」
としました。
随分前、九州人吉にお邪魔した時、「五木の子守歌」の替え歌とし、「念仏子守歌」として歌われた一節です。
眠れぬ秋の夜長に、ふと出てくるお念仏を静かに味わってみたいものです。
喜怒哀楽の生活の中で、私の姿をまたひとつ気づかさせてもらいました。
親の声とはどなた様でしょうかね。       



インド紀行(No.18)

王舎城南門を出発したのは、到着して4分後の9:32。
このまま、ブダガヤへ向かうことができる。
そんな思いをしていた矢先、インド陸軍の射撃訓練で道路閉鎖。

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何故、こんなところで道路が閉鎖されるのだろう。
写真を見れば分かるだろうが、道路には簡易な鉄条網と銃を持った兵士がいる。
日本ではありえない風景だ。
添乗員さんの話では、15分ばかり待てと言っているようだが、どのくらいかかるか分からないとのこと。
心配しながら待っていた。
20分余り待たされて、やっとバスが出発した。

出発してから軍隊の射撃場とやらを見ると・・・

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何とまた、信じられない風景だ。
兵士らは、道路を越えて反対の山の斜面に向け射撃していたようだ。
なんと、これがインドか、と思う反面。
こういったことが許されるのもインドか。
たぬきは、そんな思いをしたが、読者の皆さんはどう思われるだろうか?

しかし、せっかく来たインドで、こういうアンビリバボーのインドを見ることができた、たぬきたちはラッキーだったかもしれない。

そして、バスはブダガヤに向かって行く。
途中、撮影した景色をここに掲載しておこう。

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ひたすら農村地帯を走る。
そして、高地へ向かう。

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今は、こんなところをバスが走っているようだ。

さて、今日はこのくらいにしておかないと、写真が多くてブログがアップロードできないかもしれない。

つづきは、また次回・・・        





インド紀行(No.17)

インド紀行を書いていながら、こんなことを書くのはどうかと思うが、・・・
ここで敢えて書いてみようと思う。
それは、たぬきが余りにも釈尊のことについて勉強不足だったか・・ということだ。
確かに、釈尊の仏跡を訪ねては見たものの、それはたぬきの聞きかじったことや少しだけ歴史を学んだことの知識しか無い中でのインド訪問だった。
そんなたぬきの「インド紀行」。
そう思いながら見ていただければと思う。

さて、「竹林精舎」を9:10に出発。
「七重の牢獄跡」には、5分ほどで到着。
この牢獄跡については、前回書いたとおりだ。

そして、ブダガヤに向けて進む。

途中、王舎城の南門跡でバスは停車。
復元された南門跡を下車して写真撮影した。

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南門跡の河原では、洗濯している女性たちや水遊びをしている子供たちがいた。

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ブダガヤから王舎城に向かうと、それまでの広い農地と違って小高い岩山が車窓に広がると王舎城に到着します。
二つの岩山が稜線をあわせた間が小さな峠になっています。
稜線にはマガダ国の南側の城壁の基礎が再現されており、当時の様子を窺い知ることができます。
また、峠にはヒンズー教のカーリー女神を祀る祠があり、道中の安全を願って賽銭を投げ入れる運転手の姿をご覧いただくこともございます。
また、南城壁を北に向かって500m程のところに轍の跡が残っています。
岩盤の上を重い荷物を惹いて南門に行き来していたのか、荷車の轍が深く刻まれていて、当時の営みの一端を知るような遺跡です。
また、轍の跡を辿って南側の路面には4世紀から5世紀にかけて掘られた文字が残っています。 
残念ながら解読はされておらず、将来を待たなくてはなりません。
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前記の説明文は、ブダガヤから王舎城に向かってのことが書かれている。
たぬきたちは、この反対のルートを進んでいた。

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これが、「ヒンズー教のカーリー女神」。

つづきは、また次回・・・





インド紀行(No.16)

ホテル出発は、8:30
前日時間が押して行けなかった「竹林精舎」へ向かう。

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竹林精舎は、ホテルから10分ほどのところにある。
ここが、竹林精舎の入口だ。

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竹林精舎(ちくりんしょうじゃ、サンスクリット語:Venuvana-vihāra)は、仏教で建てられた最初の寺院である。
迦蘭陀竹林ともいう。

中インドのマガダ国の首都である王舎城(ラージャガハ)(現在のビハール州ラージギル)にあった。
迦蘭陀(カランダ)長者が所有していた竹園で、当初は尼犍子(ジャイナ教)に与えていたが、長者が仏に帰依したことでこれを仏教の僧園として奉じ、頻婆娑羅(ビンビサーラ)王が伽藍を建立したといわれる。
天竺五精舎(天竺五山とも)の一つ。
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竹林精舎の詳細は、以下のブログを・・・

          アショカツアーズ

釈尊の仏跡を巡る中で、たぬきの知識の浅さ(勉強不足)をつくづく感じる。
折角インドへ行ったのだから、しっかり勉強しておくべきだったと思ったのだが、その時は既に遅かったようだ。

たぬきは今、予習ができていなかった分、今になって復習をしている。



住職ノート
9月後半の法語です。

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