峯寺(2012.8)~その2

今回、たぬきが峯寺を訪れたのは、3年ぶりだった。

お寺に通ずる道は舗装されてはいるものの、車が1台通れる程度の道幅だ。
くねくねと曲がる道を登っていくと突然、目の前に2体の仁王像が現れる。
そこからが、古刹峯寺の伽藍となる。
山の中腹に位置するこのお寺の周囲には、大きな木々が生い茂り、まさに深山幽谷というイメージが強い場所だ。

そして、観音堂の前を通って進んでいくと、峯寺遊山荘と2棟のバンガローがある。
数日前に、ここで「カブトムシ相撲大会」があるということを知り、孫たちのたっての希望もあって、相撲大会に出場するためにやってきた。


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14匹のカブトムシによるトーナメント方式で相撲大会が行われた。


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餌のゼリーにかじりついて、まったく相撲をとろうとしないカブトや元気がありすぎて飛び立って失格となるカブトなどがいて、それなりに盛り上がった大会となった。


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遊山荘の管理人さんの話によると、今回が初めての試みだったが、また来年も続けたいとのこと。

来年は、もっと参加者が増えることだろうと、そんなことを思いながら山を後にした、たぬきじゃった。









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峯寺(2012.8)~その1

今日は、雲南市三刀屋町の「峯寺」へ行った。
ここへ行った理由については・・・?
また、書くとしようか。

峯寺について、雲南市のホームページによると

峯寺は奈良時代の僧、役小角(えんのおずぬ)が開いたとされる真言宗の古刹で出雲巡礼9番札所です。
寺院の絹本著色聖観音像(けんぽんちゃくしょくしょうかんのんぞう)は重要文化財です。
松江7代藩主松平不昧公おかかえの庭師による庭園は、借景を取り入れ寂と仏道の心を石と雑木で表現した名園です。


とある。



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上の写真は、峯寺の本堂、阿形・吽形の仁王・観音堂・遊山荘の展望喫茶。
ここから見る景色は、絶景だった。



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中国山地を貫く高速道路が、眼下に広がっている。
今日は、生憎の曇り空。
秋晴れの日に、また訪れたみたい。






 



    

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日御碕神社

先日、日御碕へ行った時、日御碕神社へ行ってみた。

今までたぬきは、日御碕灯台に行くことはあったのだが、日御碕神社に行ったのは初めてだった。



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朱色の立派な造りに圧倒されそうだ。
海の側にある朱色のお宮で思い出すのは、「厳島神社」や「赤間神宮」だ。



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日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)は島根県出雲市の日御碕に鎮座する神社。式内社で旧社格は国幣小社である。通称、みさきさん。出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」として崇敬を集める。

下の本社(日沈の宮・日沉の宮、ひしずみのみや)は天暦2年(948年)、村上天皇勅命により祀り、上の本社(神の宮)は安寧天皇13年(紀元前536年)、勅命により祀られ、総称して日御碕大神宮とされた。出雲國神仏霊場20番。

「日沈の宮」の名前の由来は、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けた神社、である事による。
        Byウィキペディア



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詳しくは、下の「出雲國神仏霊場ホームページ」を


     日御碕神社









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白潟天満宮

昨日まで北京ばかり書いてしまった。
皆さんは、たぬきの北京紀行にも飽きたかもしれないと思い、今夜は少し話題を変えて見ようと思う。

松江市天神町に菅原道真を祀った「白潟天満宮」がある。
先日、たぬきは久しぶりにこのお宮を訪れた。




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このお宮の由緒は、

学問の神様・菅原道真公を祀る神社で、通称「天神さん」と呼ばれている。
島根県能義郡(現安来市)の富田城内に長く祀られていたが、城を松江に移したときに松江城を築城した堀尾吉晴が、天満宮をこの白潟の地に奉遷した。
それ以後、歴代松江藩主の尊崇を受け、庶民の間でも学問の神様として広く信仰されている。
毎年7月24日~25日には夏祭りを斎行。御輿が繰り出されたり、多くの露店が立ち並ぶなどして多くの参拝客で賑わう。
1999年8月、境内に菅原道真公をまつる神像「おかげ天神」が建立された。


という。

また、おかげ天神は、下の写真のとおりだ。




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学問の神様と言われる天神さんは、大宰府だけではなく、色々な所にある。

道真が亡くなった後、平安京で雷などの天変が相次ぎ、清涼殿への落雷で大納言の藤原清貫が亡くなったことから、道真は雷の神である天神(火雷天神)と同一視されるようになった。
「天満」の名は、道真が死後に送られた神号の「天満(そらみつ)大自在天神」から来たといわれ、「道真の怨霊が雷神となり、それが天に満ちた」ことがその由来という。

道真が優れた学者であったことから天神は「学問の神様」ともされ、多くの受験生が合格祈願に詣でる。
参拝して筆を買うと受験に利益があるともいう。
道真が梅を愛し、庭の梅の木に

 「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」

と和歌を詠み、その梅が大宰府に移動したという飛梅伝説ができたことから、梅を象徴として神紋に梅鉢紋などが多く使用されている。
また道真と牛にまつわる様々な伝承から、天満宮では牛を神使としており、境内に臥牛像などが置かれている。

各地の天満宮のうち、特に道真と関係が深いという北野・太宰府の二つに防府あるいは大阪などを入れた三つの天満宮が日本三大天神と呼ばれる。
北野天満宮は道真が好んだという右近の馬場に朝廷が道真の怨霊を鎮めるために造営され、太宰府天満宮は道真の墓所・廟に造営された。この両社が信仰の中心的役割を果たしている。

さらに、京都から九州(太宰府)まで道真を祀る天満宮の中から、由緒深い25社を選んで順拝するという「菅公聖蹟二十五拝」という風習がある。

     By ウィキペディア




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出雲大社~平成の大遷宮

出雲大社では、60年ごとに行われる遷宮の最終段階に入っている。

遷宮(せんぐう)とは、神社の本殿の造営または修理の際に、神体を従前とは異なる本殿に移すことをいう。

出雲大社では、平成20年から行われている。
本殿の大屋根の檜皮葺き替えが、主な修理のようだが、その他の部分も風雨により老朽化しているため、修理が行われている。

屋根の千木や勝男木などの「ちゃん塗り」も済んでいた。
ちゃん塗りとは、屋根の銅板を黒く塗って保護するためのものらしい。

大屋根の拝観は、今回で最後いうこともあって、事前予約をして行ってみた。
スケールの大きさに圧倒された。
写真撮影ができなかったのが、残念といえば残念なのだが・・・
いずれにしても貴重な体験をすることができた。




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写真は、素屋根と呼ばれる工事のために本殿を囲んでいる大屋根。
この大きな建物の中に本殿がある。

詳しくは、下のURLをクリックして見てくれ。

     出雲大社




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清水寺(安来市)

今日も雨が降ったり止んだりのあいにくの天気だった。
買い物に出たついでに、少し距離はあったのだが、清水寺に行ってみた。

京都の清水寺ではなく、島根県の東端の安来市にある清水寺。
このお寺に行ったのは、20数年ぶりになるかもしれない?

広大な山に点在するお堂や五重塔。
天台宗の古刹。

清水寺(きよみずでら)は、島根県安来市にある天台宗の寺。
山号は瑞光山。中国観音霊場第28番札所、出雲観音霊場第27番札所、出雲國神仏霊場第11番札所。
開山は尊隆上人、本尊は十一面観世音菩薩。

寺伝では用明天皇2年(587年)、尊隆上人により開かれたというが、一時廃れ、大同元年(806年)平城天皇の勅旨を受け、盛縁上人により復興されたという。

その後承和14年(847年)、唐からの帰路立ち寄った円仁(慈覚大師)により光明真言会が創められ、天台宗に帰依したという。

その後幾度かの火災と復興を経て、明徳4年(1393年)にほぼ現在の寺域が定まったが、戦国時代兵火に襲われ根本堂以外の建物は焼失した。
伽藍はその後毛利氏及び松平氏により復興され、加えて安政6年(1859年)には信徒の手により三重塔が建立され、現在の形となった。
     ウィキペディアより


境内にあるお店で、名物の「清水羊羹」を土産に買って帰った。
以前買った時は結構甘かった記憶があったのだが、食べてみると甘さ控えめで食べやすくなっていた。
何となく時代の流れを感じた、たぬきじゃった。




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神在月

もう10月か?
毎日が、あっという間に過ぎてしまう。
もう後、2か月余りすると次の年がやってくる。

10月は全国的に「神無月」だが、ここ出雲地方では、「神在月」という。
ウィキペディアを調べてみると…

出雲では、出雲大社ほかいくつかの神社で旧暦10月に「神在月」の神事が行われる。

旧暦10月10日の夜、記紀神話において国譲りが行われたとされる稲佐浜で、全国から参集する神々を迎える「神迎祭」が行われる。
その後、旧暦10月11日から17日まで出雲大社で会議が行われるとして、その間「神在祭」が行われる。
旧暦10月18日には、各地に帰る神々を見送る「神等去出祭」が出雲大社拝殿で行われる。
出雲大社の荒垣内には、神々の宿舎となる「十九社」がある。

日御碕神社(出雲市大社町)・朝山神社(出雲市朝山町)・万九千神社(斐川町)・神原神社(雲南市)・佐太神社(松江市鹿島町)・売豆紀神社(松江市雑賀町)・神魂神社(松江市大庭町)・多賀神社(松江市朝酌町)でも神在祭にまつわる神事が行われる。

出雲地方のほかに神在月とする地域が一ヶ所あり、諏訪大社の周辺となっている。
これは伝承によれば、かつて諏訪大社の祭神であった「諏訪明神」があまりにも大きな体であったため、それに驚いた出雲に集まった神々が、気遣って「諏訪明神に限っては、出雲にわざわざ出向かずとも良い」ということになり、神無月にも諏訪大社に神が有ることから神在月とされている。


先日紹介した神楽もそうなんだが、出雲は神話の土地。
一世を風靡した、出雲の豪族に思いを馳せる。

お寺の裏に古墳があり、土器などが発掘されている。
これを見ても、400年以上の歴史あるお寺だということが分かると思う。

大きな古代国家から連綿と繋がる現代。
時には、太古の昔に思いを馳せてみるのもいいのかもしれない。




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