災害に思う

九州では、豪雨の影響で多くの被害が出ている。
被災された方たちには、心からお見舞い申し上げます。

最初は、島根県西部地方に「大雨特別警報」が発令された。
この時点でたぬきは、昭和58年7月のあの悪夢のような「島根県西部の豪雨災害」を思い出した。
死者103名、行方不明者4名など、被災の規模は想像を絶するものだった。

昭和58年7月豪雨(しょうわ58ねん7がつ ごうう)は、1983年(昭和58年)7月に発生した水害(豪雨災害)である。
激甚災害指定。
気象庁は7月20日から23日までの大雨にこの名前を命名した。

20日から始まった大雨は23日未明からピークとなり中国地方西部で豪雨災害が発生、特に浜田市・三隅町(現浜田市)・益田市と県西部で被害が集中した。
最大1時間降水量は浜田市23日0時40分から1時40分で91mm、益田市23日6時から7時で90mm。
20日0時から23日24時までの4日期間降水量は日本海側ではなく中国山地沿いが多く、軒並み500mmを超えている。

島根県では、この豪雨の11年前である1972年昭和47年7月豪雨で県災害史上最大級の被害にあっているが、県西部に限れば、総降水量は昭和47年豪雨の方が多かったが1時間降水量はこの昭和58年豪雨の方が多かったこと、更に降水が集中したのが昭和47年豪雨では昼過ぎでこの昭和58年豪雨が夜から朝であったことから、県西部にとっては昭和58年豪雨が戦後最大規模の洪水災害となった。

この地は中国山地の北側にあり、そのほとんどが丘陵地で日本海沿岸まで丘陵が迫っている。
そこへ江の川・高津川の一級河川や中小河川が山地率9割つまり狭い谷をぬって流れ、河口部は沖積平野を形成している。
こうした地形から、インフラストラクチャーの多大な被害によって分断され陸の孤島と化した場所が点在し、救護活動に海路をも頼ることになった。
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また、同じような災害が島根県に襲いかかって来るのか・・・
そうするうちに、梅雨前線が南下し、九州地方が大雨となり、この地方に大雨特別警報が発令された。
島根県と同じように、特別警報が杞憂に過ぎればと思っていたのだが、大きな災害をもたらせた。

昨夜も心配して、九州各地の友人宅に電話をした。
幸いにも被災されたところはなかった。
しかし、たぬきの知人・友人には被害がなかったとは言え、多くの方が被災されたことを思えば、よかったでは済まされない。

災害がある度に、考えさせられることなのだが・・・

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住職ノート
7月前半の法語です。

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美保関沖の海難事故

2月7日、たぬきは仕事で松江市美保関町の美保関灯台へ行った。
美保関灯台については、以前このブログで紹介したことがある。
この灯台は、島根県の北東にある島根半島の最東端に位置する。
灯台の立つ岬は、地蔵埼と呼ばれる。
この岬からは、天気に恵まれれば隠岐諸島を眺望することもできる絶景の場所だ。

2月7日は、北西の風がやや強く、肌にしみいるような冷え込みだった。
駐車場から灯台に続く遊歩道をコートの襟を立てながら灯台に向かう。
途中、遊歩道の脇に日本酒のワンカップなどが海に向けて供えてある。
この時には、何かわからず通り過ぎた。

灯台のすぐ隣にあるビュッフェで話を聞くと、昨年12月14日午前5時20分ごろ美保関灯台沖1.6㌔の海上で、底引き網漁船が転覆した海難事故があったとのこと。
そう言えば、ニュースで毎日放送されており、4人の人が死亡し、5人がいまだに行方不明だ。
そんな悲惨な事故現場が、目の前の海上だったとは知らなかった。

海上に目を向けると、遠くに隠岐諸島の島影が薄っすらと見える。
波高は、4m近くあるかもしれない。
そのうち、小さな船影が隠岐の方から近づいてくるのがみえる。
隠岐汽船のフェリー「しらしま」だ。

そのフェリーが、海難事故のあった現場海域を通り過ぎて行く。
たぬきは、複雑な思いで海に向かって両手を合わせた。

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平成28年度 山陰地区「おつとめ」研修会

今日(10月24日)は、平成28年度中央仏教学院通信教育部山陰地区「おつとめ」研修会が、本願寺山陰経堂教化センターで開催された。
たぬきは、前支部長から依頼があって、おつとめのお手伝いをすることになった。

研修会は、午前9時30分から開講式があり、
  〇 讃仏偈の勤行
  〇 「おつとめ実演試験」課題曲の変更についての説明

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があり、午前10時から「おつとめ」の練習があった。
中央仏教学院通信教育部専修課程の受講者の人達が、年次ごとに分かれておつとめの練習を行った。

全般の講師は、山陰教区の勤式指導員でもある
 島根県出雲市平田町 妙寿寺の
    山崎崇峰先生

たぬきは、卒業してから間がないことから、3年次の皆さんの練習会場でお手伝いをした。

昼食を挟んで、午後3時までおつとめの練習をし、そのご閉校式が行われた。
閉講式では、「恩徳讃」を斉唱し、閉講となった。 
久しぶりに、勉強していた当時を思い出しながら、皆さんと一緒に課題曲を唱えた。 



住職ノート      
「秋の実り 仏のみ法 ~ ワクワク みのりフェア」の開催予定
11月6日(日)午前10時30分~

コンサート~演奏はハッピーコモンズ

コンサート終了後~バザーと作品展

その他~新鮮野菜 草花苗 日用品 焼きそば 手作り食品 ご飯類 焼き芋 コーヒー等の販売
豚汁サービスもあります。
どうぞ、おいでください。


鳥取県中部地震(2016.10)

昨日、午後2時07分、鳥取県中部を震源とする「鳥取県中部地震」が発生した。
たぬきは、職場で仕事中だった。
松江市は震源地に近かったせいか?緊急地震速報と揺れがほぼ同時に来た。
しばらく揺れが続き、机の下に入ることもできず、揺れが収まるのを待った。
後に、今回の地震は、松江では震度4だったということを知った。
幸い松江では、被害等もなかったが、今日になって鳥取では、大きな被害が報告されていた。
思えば、たぬきは今年4月に鳥取砂丘や倉吉を訪れていた。
倉吉の白壁土蔵群を見て感激したことを鮮明に覚えている。
報道によると倉吉の土蔵群の白壁が崩落している映像もあった。
災害の悲惨さを痛感する。

一部報道によると、今回の地震はあの「南海トラフ」と関連付けされるとか・・・
災害は、いつどこで起こるか分からない。
備えだけはしっかりとしておかなければいけない。

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写真は、4月に倉吉を訪れた時の「白壁土蔵群」・・・

さて、忘れてはいけないのは、たぬきは地震発生直後に、多くの方からお見舞いや安否確認のメールをいただいた。
本当にありがたいことだった。
多くの先輩や友人の皆さんのお気持ちに感謝した、たぬきじゃった。


鳥取へ(2016.10.14)

久しぶりに鳥取出張。
仕事tで鳥取に行くのは何年振りだろう。

10月14日、会議出席のために、鳥取にやってきた。
この日は気温も上がり、上着姿ではじっとりと汗ばむような陽気だった。

午後からの会議だが、松江から鳥取までは列車で行った。
松江から鳥取まで、列車の便がよくなく、不便を強いられる。
同じ山陰なのに・・・
そんなことを思いながら鳥取に到着。
駅からほど近いホテルで会議。
中国5県からそれぞれの県の代表者などが集まった。
夜は、懇親会と意見交換。
久しぶりに懐かしい人たちにも出会い、有意義な時間を過ごした。

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住職ノート
周囲の田んぼもだんだんと、稲刈りも済み、少々寂しい感じになってきました。
私たちが子供の頃は、11月に稲はでが林立しイナゴが飛び交い,その中を遊んだものですが、今は収穫も早くなったものです。
お供えになったお仏飯米を本堂に積んでいます。
有難いことです。

実るほど頭を垂れる稲穂かな、の姿勢を大切にしたいものです。
今月の標語は
 「善人意識は鼻持ちならぬ 
 いたらぬ自分と知るとき 
 配慮が生まれる 
 人みな包み込む道がある」

としました。
人と人とを比べ、その位置を知り、一喜一憂したり、崇めたり、さげすんだりしている私ではないでしょうか。



ソバの花

先日、たぬきは散策をしていて、今年もソバの花が綺麗に咲いているのを見かけた。
真っ白な清楚な花が、群生している。
その真っ白な花が、夕日に照らされてやや赤みを帯びて見える。
それはそれで、綺麗なのだが・・・
ふと、こんなことを思う。

小さな子供たちは、一様にして澄んだ眼をしている。
何にも染まっていない綺麗で吸い込まれそうな眼に、感動を覚えることもある。
誰も、あんな時があったのだなと思う。
それが、大人になるとあのような澄み切った眼をみることができなくなる。

それと同じように、真っ白で純粋なものは、他の色に染まりやすい。
どんな色に染まるのか、染め上げるのか?
それは、環境であったり、自らの努力であったりする。
 「朱に交われば赤くなる」
とも言う。
良い友を得ることが、人生にとっては必要なことだろう。
そんなことを思いながら、ソバ畑に見入っていたぬきじゃった。

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住職ノート
境内を歩いているとプーンと銀木犀の香りが漂ってくる、10月となりました。
畑の栗もなんと見事に実って、毎朝、坊守は拾うのに忙しいこと。
自然の恵みの有難いこと。

10月1日(本日)京都本願寺に参拝します。
すでに皆さんがご承知のように、第25代本願寺専如門主の伝灯奉告法要の開始です。
内外ともに混沌とした時代に、しっかりと自分の在り様、歩むべき道を確認したいものです。

今月の標語は
 「生と死を超えて つながっている いのち」
としました。
今日存在しているこの私は、長い、長い永遠の「いのち」に支えられ、つながっている、多生の縁による私なのですよね。
そのことをこの私に知らせんがために、「南無阿弥陀仏」と呼びかけてくださっているのです。
きづきましょうよ。
きづきましょうよ。




彼岸花(2016.09)

忙しさに取り紛れ、ブログを書く間隔が長くなっている。
その間、多くの方がたぬきのブログを見に訪れて下さっている。
いつものことだが、ありがたく思うとともに、もっとブログを書く努力をすべきだと反省しきりだ。
さて、秋の彼岸を過ぎてからというもの、また気温が上昇し始めた。
次から次へと日本列島に台風がやって来て、あちらこちらで大きな被害をもたらした。
台風が来るたびに、朝夕めっきり涼しくなり、それを通り越して一気に気温が下がり、肌寒く感じる時もあった。

しばらく、たぬきは家の近くの散策をサボっていた。
秋の彼岸と言えば、あの花が咲いているはず。
と、気付いたのは、昨日のことだった。
既に、彼岸の中日は過ぎており、もう花も終わりと思いながら、久しぶりの散策へ・・・

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何と見事な咲きぶりじゃあないか・・・
そう、この時期しか見ることができない「彼岸花(曼珠沙華)」が、今年も真っ赤な花を咲かせていた。

彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。
別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。
別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来する。
また、「天上の花」という意味も持っており、相反するものがある(仏教の経典より)。
ただし、仏教でいう曼珠沙華は「白くやわらかな花」であり、ヒガンバナの外観とは似ても似つかぬものである(近縁種ナツズイセンの花は白い)。
『万葉集』にみえる「いちしの花」を彼岸花とする説もある(「路のべの壱師の花の灼然く人皆知りぬ我が恋妻は」、11・2480)。
また、毒を抜いて非常食とすることもあるので悲願の花という解釈もある(ただし、食用は一般的には危険である)。
          Byウィキペディア


また、曼珠沙華は、
仏教で伝説上の天の花。
サンスクリット語 manjūṣakaの音写。
純白で,見る者の悪業を払うといわれ,天人が雨のように降らすという。
日本ではヒガンバナと呼ばれ鮮紅色の花を咲かす。

とのこと。

この時期は、命のバトンを繋いでいただいた祖先のことを想うことだと感じるのだが・・・


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