島根県西部地震(2018.04.09)

たぬきは、先週の半ばから数日間、東京に行っていた。
東京では、7日(土)の朝、築地本願寺へ行き、お参りをした。
翌8日は、お釈迦様の誕生日ということもあり、その準備のためだと思うが、本願寺境内にはステージが設けられるところだった。

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本堂には、外国人観光客の姿もあり、入堂した皆さんが阿弥陀如来の前で手を合わせておられる姿に感じ入った。

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本堂の入口付近には、お釈迦様の入っておられる小さな御堂が置いてある。
このお釈迦様に甘茶をかけて、お念仏を唱える。

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たぬきが子どもの頃には、各地のお寺で「花まつり」「灌仏会」ということで、法要が行われていた。
ふと、そんなことを思い出しながら、甘茶をかけてお参りをした。

灌仏会で執り行う法要が「灌仏会法要」である。

日本では、様々な草花で飾った花御堂の中で、甘茶を満たした灌仏桶の中央へ安置した誕生仏像に柄杓で甘茶を掛けて祝うが、釈迦生誕時に産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来する。
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こうして、久しぶりに築地本願寺にお参りをすることができた、たぬきじゃった。

さて、東京から帰って来てから、たぬきは季節外れの風邪を引いたようで、二日ばかり寝込んでしまった。

そうしていたところ、9日の午前1時32分ころ地震発生を告げるスマートフォンの大きな音で目覚めた。
緊急地震速報の数秒後に、家が大きく揺れ始めた。
相当大きな揺れを感じたが、ベットの上で動くことも出来ずにいた。
揺れは、10数秒続いたようだが、その間相当長く感じた。
すぐにテレビの電源を入れると、島根県西部の大田市が震源のようだった。

島根県の大田市は、どちらかというと県の中央部に位置している。
ここで震度5強という激しい揺れがあり、被害等も報告された。
幸いたぬきの住む松江市では被害はなかったが、全国各地から地震被害を心配する多くの方から電話をいただいた。
本当にありがたいことだと感じた、たぬきだった。



住職ノート
4月前半の法語です。

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松江城の桜(2018.04.03)

今日は、お天気も良く、絶好の花見日和。
国宝松江城天守の桜を見に訪れる人も多い。

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松江城が国宝に指定されたのは、平成27年7月だった。
多くの桜が咲く中で見る天守閣の趣を感じる。

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もう、僅かしか見ることの出来ない桜の花をゆっくりと観賞するのもいいものだ。

松江城(まつえじょう)は、現在の島根県松江市殿町に築かれた江戸時代の日本の城。
別名・千鳥城。
現存天守は国宝、城跡は国の史跡に指定されている。
この他に日本さくら名所100選や都市景観100選に選ばれている。
天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は犬山城、松本城、彦根城、姫路城)。

小瀬甫庵の縄張りによる平山城。
江戸時代には松江藩の藩庁として、出雲地方の政治経済の中心となった。

明治時代初頭に廃城令によって存城処分(陸軍省所管)となったため、城内の建物は国から買い戻された天守を除いてすべて払い下げられ、撤去された。
昭和初期に城山部分は公園として解放され、現在は指定管理者制度に則り、特定非営利活動法人松江ツーリズム研究会が運営をしている。

城跡は、松江城山公園として利用され、また江戸時代初期建造の天守が現存する。
天守は山陰地方の現存例としては唯一である。
標高29メートルの亀田山に建つ天守からは宍道湖を眺望することができる。

また、松江城には天守雛形が残されている。
江戸時代制作の天守雛型が残るのは宇和島城・大洲城・小田原城・延岡城・松江城の5城(合計8つ)があり、国宝5城の内では唯一の雛型である。
そのほか、天守内部には松江市街のミニチュア模型が展示されている。
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松江に来たことがない方は、是非、松江城を見に来てほしいものだ。



住職ノート
4月に入り、野に、山に新しい息吹を感じさせてくれています。
西宗寺は、ソメイヨシノ桜が、ヤマ桜が、雪柳が一斉に咲き、花のお寺そのものです。
夜はライトアップして道行く人、近くのアパートの人に楽しんでもらっています。
でもこの光景は、何日続くでしょう。

今月の標語は
 「この両手 タタクトとハレツの音 静かに合わすと 『ご恩有難う』の 声が出ます」
としました。

子供たちが門前を通っていくとき、ふと足を止めていました。
今次、今日、騒々しい世の中に、手を合わす生活、行動を実践していきたいものです。

4月7日は、初参式、仏教婦人会総会。
4月8日はお釈迦様の誕生日です。
忙しい日々の暮らしの中で、新年度、合掌の心を見直してみたいものです。




災害に思う

九州では、豪雨の影響で多くの被害が出ている。
被災された方たちには、心からお見舞い申し上げます。

最初は、島根県西部地方に「大雨特別警報」が発令された。
この時点でたぬきは、昭和58年7月のあの悪夢のような「島根県西部の豪雨災害」を思い出した。
死者103名、行方不明者4名など、被災の規模は想像を絶するものだった。

昭和58年7月豪雨(しょうわ58ねん7がつ ごうう)は、1983年(昭和58年)7月に発生した水害(豪雨災害)である。
激甚災害指定。
気象庁は7月20日から23日までの大雨にこの名前を命名した。

20日から始まった大雨は23日未明からピークとなり中国地方西部で豪雨災害が発生、特に浜田市・三隅町(現浜田市)・益田市と県西部で被害が集中した。
最大1時間降水量は浜田市23日0時40分から1時40分で91mm、益田市23日6時から7時で90mm。
20日0時から23日24時までの4日期間降水量は日本海側ではなく中国山地沿いが多く、軒並み500mmを超えている。

島根県では、この豪雨の11年前である1972年昭和47年7月豪雨で県災害史上最大級の被害にあっているが、県西部に限れば、総降水量は昭和47年豪雨の方が多かったが1時間降水量はこの昭和58年豪雨の方が多かったこと、更に降水が集中したのが昭和47年豪雨では昼過ぎでこの昭和58年豪雨が夜から朝であったことから、県西部にとっては昭和58年豪雨が戦後最大規模の洪水災害となった。

この地は中国山地の北側にあり、そのほとんどが丘陵地で日本海沿岸まで丘陵が迫っている。
そこへ江の川・高津川の一級河川や中小河川が山地率9割つまり狭い谷をぬって流れ、河口部は沖積平野を形成している。
こうした地形から、インフラストラクチャーの多大な被害によって分断され陸の孤島と化した場所が点在し、救護活動に海路をも頼ることになった。
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また、同じような災害が島根県に襲いかかって来るのか・・・
そうするうちに、梅雨前線が南下し、九州地方が大雨となり、この地方に大雨特別警報が発令された。
島根県と同じように、特別警報が杞憂に過ぎればと思っていたのだが、大きな災害をもたらせた。

昨夜も心配して、九州各地の友人宅に電話をした。
幸いにも被災されたところはなかった。
しかし、たぬきの知人・友人には被害がなかったとは言え、多くの方が被災されたことを思えば、よかったでは済まされない。

災害がある度に、考えさせられることなのだが・・・

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住職ノート
7月前半の法語です。

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美保関沖の海難事故

2月7日、たぬきは仕事で松江市美保関町の美保関灯台へ行った。
美保関灯台については、以前このブログで紹介したことがある。
この灯台は、島根県の北東にある島根半島の最東端に位置する。
灯台の立つ岬は、地蔵埼と呼ばれる。
この岬からは、天気に恵まれれば隠岐諸島を眺望することもできる絶景の場所だ。

2月7日は、北西の風がやや強く、肌にしみいるような冷え込みだった。
駐車場から灯台に続く遊歩道をコートの襟を立てながら灯台に向かう。
途中、遊歩道の脇に日本酒のワンカップなどが海に向けて供えてある。
この時には、何かわからず通り過ぎた。

灯台のすぐ隣にあるビュッフェで話を聞くと、昨年12月14日午前5時20分ごろ美保関灯台沖1.6㌔の海上で、底引き網漁船が転覆した海難事故があったとのこと。
そう言えば、ニュースで毎日放送されており、4人の人が死亡し、5人がいまだに行方不明だ。
そんな悲惨な事故現場が、目の前の海上だったとは知らなかった。

海上に目を向けると、遠くに隠岐諸島の島影が薄っすらと見える。
波高は、4m近くあるかもしれない。
そのうち、小さな船影が隠岐の方から近づいてくるのがみえる。
隠岐汽船のフェリー「しらしま」だ。

そのフェリーが、海難事故のあった現場海域を通り過ぎて行く。
たぬきは、複雑な思いで海に向かって両手を合わせた。

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平成28年度 山陰地区「おつとめ」研修会

今日(10月24日)は、平成28年度中央仏教学院通信教育部山陰地区「おつとめ」研修会が、本願寺山陰経堂教化センターで開催された。
たぬきは、前支部長から依頼があって、おつとめのお手伝いをすることになった。

研修会は、午前9時30分から開講式があり、
  〇 讃仏偈の勤行
  〇 「おつとめ実演試験」課題曲の変更についての説明

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があり、午前10時から「おつとめ」の練習があった。
中央仏教学院通信教育部専修課程の受講者の人達が、年次ごとに分かれておつとめの練習を行った。

全般の講師は、山陰教区の勤式指導員でもある
 島根県出雲市平田町 妙寿寺の
    山崎崇峰先生

たぬきは、卒業してから間がないことから、3年次の皆さんの練習会場でお手伝いをした。

昼食を挟んで、午後3時までおつとめの練習をし、そのご閉校式が行われた。
閉講式では、「恩徳讃」を斉唱し、閉講となった。 
久しぶりに、勉強していた当時を思い出しながら、皆さんと一緒に課題曲を唱えた。 



住職ノート      
「秋の実り 仏のみ法 ~ ワクワク みのりフェア」の開催予定
11月6日(日)午前10時30分~

コンサート~演奏はハッピーコモンズ

コンサート終了後~バザーと作品展

その他~新鮮野菜 草花苗 日用品 焼きそば 手作り食品 ご飯類 焼き芋 コーヒー等の販売
豚汁サービスもあります。
どうぞ、おいでください。


鳥取県中部地震(2016.10)

昨日、午後2時07分、鳥取県中部を震源とする「鳥取県中部地震」が発生した。
たぬきは、職場で仕事中だった。
松江市は震源地に近かったせいか?緊急地震速報と揺れがほぼ同時に来た。
しばらく揺れが続き、机の下に入ることもできず、揺れが収まるのを待った。
後に、今回の地震は、松江では震度4だったということを知った。
幸い松江では、被害等もなかったが、今日になって鳥取では、大きな被害が報告されていた。
思えば、たぬきは今年4月に鳥取砂丘や倉吉を訪れていた。
倉吉の白壁土蔵群を見て感激したことを鮮明に覚えている。
報道によると倉吉の土蔵群の白壁が崩落している映像もあった。
災害の悲惨さを痛感する。

一部報道によると、今回の地震はあの「南海トラフ」と関連付けされるとか・・・
災害は、いつどこで起こるか分からない。
備えだけはしっかりとしておかなければいけない。

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写真は、4月に倉吉を訪れた時の「白壁土蔵群」・・・

さて、忘れてはいけないのは、たぬきは地震発生直後に、多くの方からお見舞いや安否確認のメールをいただいた。
本当にありがたいことだった。
多くの先輩や友人の皆さんのお気持ちに感謝した、たぬきじゃった。


鳥取へ(2016.10.14)

久しぶりに鳥取出張。
仕事tで鳥取に行くのは何年振りだろう。

10月14日、会議出席のために、鳥取にやってきた。
この日は気温も上がり、上着姿ではじっとりと汗ばむような陽気だった。

午後からの会議だが、松江から鳥取までは列車で行った。
松江から鳥取まで、列車の便がよくなく、不便を強いられる。
同じ山陰なのに・・・
そんなことを思いながら鳥取に到着。
駅からほど近いホテルで会議。
中国5県からそれぞれの県の代表者などが集まった。
夜は、懇親会と意見交換。
久しぶりに懐かしい人たちにも出会い、有意義な時間を過ごした。

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住職ノート
周囲の田んぼもだんだんと、稲刈りも済み、少々寂しい感じになってきました。
私たちが子供の頃は、11月に稲はでが林立しイナゴが飛び交い,その中を遊んだものですが、今は収穫も早くなったものです。
お供えになったお仏飯米を本堂に積んでいます。
有難いことです。

実るほど頭を垂れる稲穂かな、の姿勢を大切にしたいものです。
今月の標語は
 「善人意識は鼻持ちならぬ 
 いたらぬ自分と知るとき 
 配慮が生まれる 
 人みな包み込む道がある」

としました。
人と人とを比べ、その位置を知り、一喜一憂したり、崇めたり、さげすんだりしている私ではないでしょうか。



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