築地本願寺で法話

お寺から毎月送っていただく行事予定のはがきが届いた。
1月1日と2日の修正会(しゅうしょうえ)と1月16日の常例法座の案内が書いてある。

昨年は、大雪で三が日は外出もできない状態だった。
今年こそ修正会には、是非行きたいものだ。
そんなことを思いながらはがきを読んでいると・・・

はがきの下の方に
  住職 東京築地本願寺で法話
と書いてあるではないか。
さらに

   1月27日、28日、29日(10時、13時半)
   築地本願寺参拝の機会となる様、
   関東方面のご親戚知人にご案内下されば幸甚です


とある。

これは、たぬきのブログで紹介しなければいけない
そう思って、住職に詳しいことを聞いてみた。

そうしたところ、上に書いた3日間、午前は1時間、午後は40分づつ2回の法話をするとのこと。
連日で大変だと思ったが、話し上手の住職だからいい話が聞けるだろう。

たぬきは、東京へ行って住職の法話を聞きたいのだが、仕事の関係もあり行くことができない。
誠に残念なのなのだが、せっかくの機会だからこのブログを読んでくださっている方で、東京近郊の人は是非行ってみて欲しい。

築地本願寺についてウィキペディアで調べてみた。

本願寺築地別院(ほんがんじつきじべついん)は、東京都中央区築地三丁目にある浄土真宗本願寺派の寺院。
東京都内における代表的な寺院の一つで、京都市にある西本願寺の別院である。

正式名称は浄土真宗本願寺派 本願寺築地別院、一般には築地本願寺の名で親しまれている。
著名な人物の葬儀・告別式も多く執り行われる。

築地本願寺は江戸時代の1617年に、西本願寺の別院として浅草近くの横山町に建立。「江戸浅草御坊」と呼ばれていた。
しかし明暦の大火(振袖火事)により本堂を焼失。
その後、幕府による区画整理のため旧地への再建が許されず、その代替地として八丁堀沖の海上が下付された。
そこで佃島(現中央区佃)の門徒が中心となり、本堂再建のために海を埋め立てて土地を築き(この埋め立て工事が地名築地の由来)、1679年に再建。
「築地御坊」と呼ばれるようになった。
なお、このときの本堂は西南(現在の築地市場)を向いて建てられ、場外市場のあたりが門前町となっていた。
その後関東大震災による倒壊は免れたが、すぐ後に起こった火災により再び伽藍を焼失。

現在の古代インド様式(天竺様式)の伽藍は当時の浄土真宗本願寺派法主・大谷光瑞と親交のあった東京帝国大学工学部教授・伊東忠太による設計である。
当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造で、松井建設の施工により1934年に完成している。
伽藍には大理石彫刻がふんだんに用いられ、そのスタイルは現在においても斬新かつ荘厳で、築地の街の代表的な顔である。
本堂と石塀が国の登録有形文化財に登録されている。

本尊は聖徳太子の手彫とされる阿弥陀如来立像。




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