守城の名君(その2)

漢王朝の初代皇帝となった劉邦は、7年後に死亡した。
この漢王朝の基礎を固めたのは、二代目太宗(ここでいう太宗とは、二代目の呼び名である)で、守成とは「成りを守る」(出来上がったものを守ること)ということ。

立派な政治のことを貞観(じょうがん)の治といい、貞観政要は、太宗と部下の問答集で帝王学の教科書である。
家康や明治天皇、平成天皇も読まれたという。

その貞観政要の中で、太宗が部下に「創業が難しいか、守成が難しいか」と質問したことがあった。
部下の答えは、半々であったが太宗は次のように指示した。
「創業の苦しみは、過去のものとなった。今後は、守成の苦しみに耐えてくれ」と・・・

そこで、守成の名君の心得というものが誕生するのである。



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明日は、やっと「守成の名君の心得」が書けそうだ。
考えてみれば、前段の説明が長すぎたかもしれん。
そしてまた、反省しきりのたぬきじゃ。










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