北京(その28)

警察の手荷物検査を通過して、天安門広場に入った。

天安門広場は、面積40万㎡の世界で最も広い広場のひとつで、50万人を収容できる大集会場にもなるそうだ。



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広場の中央には、人民英雄記念碑が建てられている。


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そして、広場の北方には紫禁城の正門である天安門が見える。


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広場の西側には、人民大会堂。


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東側には、中国国家博物館がある。


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こんなに可愛らしいパトカーまで見ることができた。
見た感じは、電気自動車か?



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明の成祖永楽帝が北京遷都した時期には天安門から南下し「大明門」(清朝では「大清門」、辛亥革命後に「中華門」と改名)に至る「千歩廊」と称される大通りと、現在の長安路に存在した「長安左門」と「長安右門」の間を結んだ丁字形の空間が存在し、天安門広場の原形が既に存在していた。

1954年に「千歩廊」の左右の官庁と倉庫群を撤去、中華門と長安左右門を撤去して現在の天安門広場が形成され、天安門広場建築に併せ人民英雄紀念碑も建設されている。
また1976年に毛沢東が死去すると、翌年にかけて広場の南の中華門跡地付近に毛主席紀念堂が建設された。

天安門広場は最大で50万人を収容でき、国家行事や歴史上の大事件の舞台となってきた。
そのため幾度となく革命運動の舞台にもなり抗争が起こってきた。

南北880m・東西500mにわたる世界最大の広場 。
敷石は花崗岩である。北は北京随一の大通りである長安街が位置し、その反対側に紫禁城(故宮)の入口である天安門が位置する。
広場の中は、北から人民英雄紀念碑、毛主席紀念堂、正陽門(前門)が設けられ、広場の西側には人民大会堂(全国人民代表大会議事堂)、東には中国国家博物館(旧・中国歴史博物館および中国革命博物館)がある。これは太陽の昇る方角を過去、沈む方角を未来に比喩したものである。

周囲の歩道の敷石にまじって長方形の鉄板が敷かれている部分があり、下に水を流せる架渠構造になっている。大規模な集会に際し鉄板を外して周囲を天幕で覆い、臨時のトイレとして使用される。
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