北京(その34)

さて、夕食を済ませた、たぬきは京劇観賞に・・・
ところが、到着したところは、ホテル?!



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このホテルの中に、実は「梨園劇場」という京劇の劇場がある。

調べてみると、「アクティビティ・マーケットプライス」のホームページには

「前門建国飯店」と「北京京劇院」が共同で設立した劇場として多くの有名京劇俳優が演じ、また同時に新人も育てるという京劇界の文化交流を行っています。
演目は日ごとに変わりますが、歌唱力、独特なセリフの言い回しと動き、全てが鍛錬され、北京旅行局により連続7年にわたって「北京旅游紫禁杯」で最高の娯楽場所としての評価を受けています。
開演前のロビーでは京劇俳優のメイクする姿を見学することができるのも楽しみの一つです(無料)。


とあった。

この日は、開演前のメイクは、舞台で行われていた。



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そして、琴の演奏も・・・


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いよいよ、京劇が始まる。

京劇(きょうげき、ピンイン:Jīng jù ジンジュウ)とは中国の伝統的な古典演劇である戯曲(歌劇の一種のこと)の1つである。

清代に安徽省で発祥し北京を中心に発展したので京の名が付き、主に北京と上海の二流派がある。
唱腔は板腔体を基本とし、声腔は西皮と二黄を主要なものとする。
このため京劇に代表される西皮と二黄を総称して皮黄腔ということがある。

清朝の乾隆55年(1790年)、中国南方の4つの徽劇班「三慶班」「四喜班」「和春班」「春台班」(四大徽班)陸続と北京に来訪。
まず“二黄”声腔を持ち味とする「三慶班」が北京で人気を博し、それに続いて「四喜班」「和春班」「春台班」が北京に進出した。
北京には「秦腔」という演劇があったが安徽省の劇団に人気を奪われる形となり、両者の融合が自然と行われた。

道光8年(1828年)前後、湖北劇団が北京に進出し漢調(楚調、西皮調)を特色とした演劇は安徽省発祥の劇団にも影響を与え、独自の演劇へと発展して行った。
このように北京の外の劇団が担ってきた北京の演劇であり上演は南方方言で行われてきたが、北京での人気を得るに従い北京語での演劇の需要が高まり、北京語での演劇が考案、上演されるようになった。
この時代には道光時代鼎甲と呼ばれる3人に名優・程長庚、張二奎、余三勝が活躍した。

その後太平天国の乱などで南方の政情が不安になると南方の劇団が北京に集まり、さらに西太后の手厚い庇護を受け北京独自の演劇として一層の発展、熟成がなされた。
この時代には同治帝・光緒帝の2帝の治世の当たり「同光十三絶」と称される13人の名優、すなわち郝蘭田、張勝奎、梅巧玲、劉趕三、余紫雲、程長庚、徐小香、時小福、楊鳴玉、盧勝奎、朱蓮芬、譚鑫培、楊月樓の13人が大いに京劇を盛り上げた。

清末になると「四大名旦(4大名女形)」と呼ばれた梅蘭芳、程硯秋、尚小雲、荀慧生の4人の俳優が上海での近代演劇を取り入れた演劇に触発されながら、京劇に一層の洗練がなされた。
この4人は独自の流派を作るほど、京劇に革命をもたらした。
また梅蘭芳は初めて京劇の海外公演を日本で行った。

近代において一番京劇に悪影響を与えたのが文化大革命による弾圧で幹部俳優が排斥されたり、古典劇の上演が禁止されるなど停滞した。
この弾圧は江青が現代劇の俳優出身で、京劇を目の敵にしていた事が原因と言われる。
その後、中国の伝統文化として見直され「国劇」と呼ばれるように至った。

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演目は
「覇王別姫」
「三叉路」
などであり、たぬきたちは、京劇を十分楽しむことができた。

京劇といえば、あの音程の高い(かん高い)声が印象に残る。

イヤホンでの日本語解説もあり、演劇の内容も理解することができた。

たぬきたちは、北京最後の夜を満喫したようだ。
 








       
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