湯原温泉

子だぬきは、昨日来たばかりだというのに今日は帰ると言う。
子だぬきが帰るためには、中国山地を越えないといけない。
ところが、米子道は朝から「冬用タイヤ規制」がかかっている。

初めての雪の高速道路。
チェーンの脱着が済むまで一緒に行くことにした。
岡山県の湯原インターまで規制がかかっていた。
湯原インターまでお付き合いをした、たぬきは「湯原温泉」へ立ち寄った。

湯原温泉は、牡丹雪が降っている。



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湯原温泉の真ん中あたりに「手湯、足湯」というところがあり、雪の降る中、足湯で暖を取って帰った、たぬきじゃった。


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湯原温泉(ゆばらおんせん)は、岡山県県北の真庭市湯原温泉・豊栄(旧:湯原町)にある温泉。
温泉指南役や環境問題、まちづくりに地域として力を注いでいる。野口冬人による諸国露天風呂番付で西の横綱にランクされた「砂湯」で知られる。
また南にある下湯原温泉・足温泉・真賀温泉・郷緑温泉との5つを総称して「湯原温泉郷」とも称される。
湯郷温泉、奥津温泉とともに美作三湯と呼ばれている。

播磨の名刹、書写山圓教寺の名僧、性空上人が重病で倒れ、その時夢枕に天童が現れて、この湯を暗示したという。
性空はその地に赴き、平癒。
それ以後、薬湯として広く知られるようになった。
また、豊臣政権の五大老の一人である宇喜多秀家の母堂が病を癒したといわれ、その御礼に秀家が浴室を修繕したという逸話もある。
しかし地元歴史研究家によればそれより以前、周辺でたたら製鉄が盛んになり出した弥生の中期頃からそこで働く物達の湯治に使われていたという話がある。
実際、湯街の河原は、地熱が高く風呂ばかりでなく冬季には小屋を作りここで冬の寒さを凌いだことが容易に想像できる。
その様な状況から有史以前より自然に湯場として利用されてきたと思われる。
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