御正忌報恩講(2013~その1)

毎年1月9日から16日まで西本願寺で執り行われる「御正忌報恩講」に出かけてきた。

この御正忌報恩講とは、

親鸞聖人の末娘・覚信尼が京都東山の大谷に聖人の遺骨を改葬して廟堂を設けたのに始まる。本願寺は戦国時代、寺基を京都から吉崎(福井)、山科(京都)、石山(大阪)、鷺森(和歌山)、貝塚・天満(大阪)と次々と移転することを余儀なくされたが、天正19年(1591)、豊臣秀吉の寺地寄進により現在の地に落ち着いた。

西本願寺の中心的な建物は“御影堂”と呼ばれ、寛永13年(1636)に建立された。
中央に親鸞聖人の木像、左右に本願寺歴代の門主の画像、左右の余間に九字十字名号を安置する。
御影堂に向かって右側の“阿弥陀堂”は本堂であり、宝暦10年(1760)に再建された。
中央に阿弥陀如来の木像、左右に印度・中国・日本の六高僧、左右の余間に法然上人・聖徳太子の画像を安置する。

報恩講(ほうおんこう)とは、親鸞聖人のご命日にあたって、そのご恩を報謝する法要である。
毎年、1月9日逮夜から、16日日中までの七昼夜つとめられる。

本願寺第三代覚如上人が、親鸞聖人三十三回忌にあたる永仁2年(1294)に、『報恩講式』を作られて法要の次第を定められ、聖人のお徳を偲ばれたことに始まる。


とある。

さて、たぬきたちは住職と一緒に京都へ・・・


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本願寺には、このように仏旗が掲げられている。


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今回は、御正忌報恩講の参拝のために京都へ行ったのだが、到着した当夜のご法話の聴聞から翌早朝の「御晨朝参拝」、ホテルへ帰って朝食の後のお参り、その後のご法話の聴聞。
そして、午後0時からは、龍谷大学ブラスバンド部の演奏を聞くなど有意義な時間を過ごすことができた。


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           御晨朝前の状況


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          法話の状況     


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          龍谷大学ブラスバンド部の演奏

今日は時間がないので、詳しいことは、次の機会に書くとしよう。




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