関西へ(その7)

彦根城下の散策には、興味を引かれる場所が多い。
それも、案内人がしっかりしているからでもあるだろう。


     P1100120.jpg


この写真のように、城下からお城の天守閣が見えるのはいいものだ。
ついつい、たぬきの住んでいる松江と比較してしまう。
考えてみれば、彦根城は琵琶湖の側。松江城は宍道湖の側。
何となく、立地条件が似ている気もする。

そんなことを思いながら、案内をしてもらっていると・・・


     P1100121.jpg


こんな石に出会った。
「道着町の腹痛石」とある。
その石のいわれが書いてあるのが、下の写真だ。
拡大してみてほしい。


     P1100122.jpg


そこで、彦根の昔話がかいてあるページを見つけたら、次のような話が書いてあった。

連着町(れんじゃくまち)の腹痛石(はらいたいし)

むかし、彦根山(ひこねやま)に彦根西(ひこねにし)かんのんという、ねがいごとをよくかなえてくださるかんのんさまがおられました。
ある時りょうほうの目が見えなくなった男の人が、かんのんさまのゆめをみました。
かんのんさまはゆめの中で
「何ごともいっしょうけんめいに心をこめてすれば、あなたの目はきっとよくなるよ。」
と、おつげになりました。
それをきいたこの男の人は、
「どうかわたしの目がよくなりますように。」
と心(こころ)からおいのりしました。
するとどうでしょう。
三日目にりょうほうの目がひらいて、ほとけさまのおとうみょうをおがむことができました。
「おお、かんのんさまのおっしゃったとおりだ。」
と、この男の人は大へんよろこびました。
そしてこのことをみんなにつたえました。

かんのんさまの名は京のみやこにもしられるようになり、遠(とお)くからも彦根山(ひこねやま)におまいりする人でいっぱいになりました。
遠くからきた人々は、たびの道中(どうちゅう)にせおう連着(れんじゃく)をほどき、みちばたの石にこしをかけゆっくり休んでいきました。
すぐ近くには、水のわきでる井戸(いど)もありました。たび人は、そのきれいな水をのんでたびのつかれをとりました。
いつのまにかこの石は、おまいりする人にとってなくてはならない大切なものとなりました。

その後(ご)人々はこの石のことを「腹痛石(はらいたいし)」と名づけ、かってにうごかさないように、さわるとおなかがいたくなるといいつたえてきました。
その後この地(ち)は、連着町(れんじゃくまち)とよばれるようになりました。

今も連着町(れんじゃくまち)の四つつじの小さなみぞの上に、だきかかえられるぐらいのまるい形の石 [直径三十センチくらい] がおかれています。

(「彦根(ひこね)昔ばなし」による)




関連記事

テーマ : ブログ日記 - ジャンル : ブログ

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

QRコード作成
写真・画像のWEB加工