親睦の旅(その9)

佐々木家住宅で昼食を摂った後は、隠岐家とその隣にある資料館へ赴いた。

隠岐家は、隣にある玉若酢命神社の社家でもある。

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隠岐家住宅は、隠岐地方の代表的な大型民家。
入母屋造茅葺きで享和元年(1801年)の建立である。
建物は東を正面とし、内部は北側を土間、南側を3室×2列の床上部とする。
神棚をまつる「神前の間」(2畳大)や土間下手の「ミソギベヤ」など類例の少ない設備があり社家としての特徴を持っている等の理由から、平成4年(1992年)1月21日に国の重要文化財に指定された。
建物とともに宅地も重要文化財に指定されている。現在も社務所・住居として使用されている。


また、隠岐家に隣接した奥側に資料館があり、ここには、日本に現存する唯一の駅鈴が2個展示してある。

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駅鈴(えきれい)は、日本の古代律令時代に、官吏の公務出張の際に、朝廷より支給された鈴である。

646年(大化2年)1月1日、孝徳天皇によって発せられた改新の詔による、駅馬・伝馬の制度の設置に伴って造られたと考えられており、官吏は駅において、この鈴を鳴らして駅子(人足)と駅馬または駅舟を徴発させた。
駅では、官吏1人に対して駅馬1疋を給し駅子2人を従わせ、うち1人が駅鈴を持って馬を引き、もう1人は、官吏と駅馬の警護をした。

現在残っている実物は、国の重要文化財に指定されている隠岐国駅鈴2口(幅約5.5 cm、奥行約5.0 cm、高さ約6.5 cm)のみである。
この駅鈴は島根県隠岐の島町の玉若酢命神社に隣接する億岐家宝物館に保管・展示され、同神社宮司で隠岐国造の末裔である億岐家によって管理されている。
          Byウィキペヂィア


この隠岐の駅鈴のデザインは、昭和51年から昭和56年まで20円の往復はがきに使われていたので、案外、記憶にある人もおられるだろう。

たぬきは、ここ隠岐の島町にも住んでいたことがあり、久しぶりに隠岐の駅鈴と対面した。



住職ノート

7月前半の法語(?)です。

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