石見銀山(いわみぎんざん)~その1

済州島シリーズも終わらないうちに、話は「石見銀山」に飛んでしまった。
済州島シリーズの続きは、そのうち書くとしよう。

三瓶小豆原埋没林を見学した、たぬきは、大田市街へ降りて石見銀山方面に向かった。
大田市の中心部からは、南南西に約10k余り行ったところにある。
ここ石見銀山は、2007年(平成19年)に世界遺産登録がされたことでも有名なところだ。
本当は、間歩(まぶ)といわれる坑道跡や製錬所跡などの紹介をすればいいのだろうが、たぬきは以前、大田市にも住んでいたことがあり、間歩や製錬所跡へは世界遺産登録がされるずっと前に何度も訪れたところだたので、今回は行かなかった。
そう言えば、たぬきの友人のkeiko.kさんと東京で知り合ったころのことだった。

そんなこともあり、今回間歩にも製錬所跡にも行っていないが、石見銀山のある大森の町並みを散策したので、そのことを何回かに分けて書いてみたい。

大田は三瓶蕎麦が有名で、ここ大森にも蕎麦屋さんがある。
その蕎麦屋さんは、以前から同じ場所にあり、懐かしさにかられてお店に入ってみることにした。

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店の名前は、「御前蕎麦」という。
店内には、テーブル席と板間の席が設けてある。
たぬきは、月見そばを注文し、つれあいは、割子(わりご)そばを注文した。

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月見そばは、温かいそば。
割子そばは、冷たいそば。

久しぶりに石見銀山の美味しいそばをいただいた、たぬきじゃった。

石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)である。
上述の最盛期に日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されるが、当銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めていたという。
大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれた。
明治期以降は銅などの鉱物が主に採鉱された。

鉱脈は石見国東部、現在の島根県大田市大森の地を中心とし、同市仁摩町や温泉津町にも広がっていた。
日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44年)に国によって史跡に指定。
2007年(平成19年)6月28日にニュージーランドのクライストチャーチで開催されていた世界遺産委員会でユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決まり、7月2日に正式登録された。
一般に銀山開発においては銀の精錬のため大量の薪炭用木材が必要とされたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されている。
2007年には日本の地質百選にも選定されている。

初期には仙ノ山山頂付近から自然銀に富む福石(ふくいし)が主に産出し、開発が進行するにつれ地下深くなり、銀を多く含む黄銅鉱、黄鉄鉱、方鉛鉱などの永久鉱床(えいきゅうこうしょう)の採掘に移行していった。
          Byウィキペディア   




住職ノート
◎常例法座のご案内
本年しめくくりの法座となりました。
ただ今「日本丸」は迷走中です。
人任せに出来ない「私」の行く先はしっかりと定まっているでしょうか。
どうぞお参りください。     合掌

日時 12月16日(月)午前10時~
テーマ
  みおしえに生きることと差別問題とはあまり関係ないのではないですか

◎御正忌報恩講法要に参拝しましょう
西本願寺で親鸞さまのご恩を偲び、1月9日~16日の間お勤めされます。
西宗寺からの参拝は
 平成26年1月10日(金)~11日(土)
です。
 費用は、30,000円位(旅費、宿泊費等)
を予定しています。
希望される方は、12月20日までに申し込んでください。
  

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