常例法座(2014.2)

今日は、午前10時から2月の常例法座があった。

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今朝は、天気も良くて気持ちがいい。
久しぶりに清々しい朝だった。

常例法座は、
〇 「拝読 浄土真宗のみ教え」の
   浄土真宗の救いのよろこびの拝読
〇 しんじんのうた

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〇 法話

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〇 浄土真宗の生活信条の唱和
〇 茶話会
〇 恩徳讃
で、法座は終わった。

今日の法話は、
「拝読 浄土真宗のみ教え」から「親鸞聖人のことば」
『人生そのものの問い』について、住職が法話をされた。

日々の暮らしのなかで、人間関係に疲れた時、自分や家族が大きな病気になった時、身近な方が亡くなった時、「人生そのものの問い」が起こる。
「いったい何のために生きているのか」「死んだらどうなるのか」。
この問いには、人間の知識は答えを示せず、積み上げてきた経験も役には立たない。
目の前に人生の深い闇が口を開け、不安のなかでたじろぐ時、阿弥陀如来の願いが聞こえてくる。
親鸞聖人は仰せになる。


 弥陀の誓願は無明長夜のおほきなるともしびなり

「必ずあなたを救いとる」という如来の本願は、煩悩の闇に惑う人生の大いなる灯火となる。
この灯火をたよりとする時、「何のために生きているのか」「死んだらどうなるのか」、この問いに確かな答えが与えられる。
  
    ~原文のまま~

人間の身勝手さ、自己中心ばかりの自分。
そのような中で生活していれば、家庭内はもとより会社等においても人間関係に疲れることはよくある。
また、自分や家族が病気になったり、家族が亡くなったりすれば、目の前が真っ暗になり、人生が暗転したように思う。
これから、果たしてどうすればいいのだろうかと不安で不安でしかたなく、色々な迷いが生じる。
それが、煩悩まみれの凡夫であるがゆえのこと。
誰もが、そのように感じる。

そんな凡夫を救うと阿弥陀如来は、はたらきかけてくださっている。
と、色々なエピソードを交えながらのお話に、門徒の方たちは引き込まれるように真剣な眼差しで聞き入っていた。

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住職ノート
2月後半の法語です。

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