朝には紅顔ありて

たぬきが、数年前に職場の機関誌に「私が選ぶ一冊」ということで投稿したことがある。
当時の機関誌があったので、その時を思い出しながら投稿した記事を掲載して本日のブログとしたい。

「朝には紅顔ありて」 大谷光真著 角川書店/刊

この本は、浄土真宗本願寺派第二十四代門主の著書で、本の発行された平成十五年当時、かなり反響を呼んでいた記憶があります。
本の題名「朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて」は、蓮如上人が記した文書の中でも特に著名な「白骨の御文章」といわれる章の一文で、人の生涯は過ぎやすく、朝には血色の良い顔をしていても、夕(ゆうべ)には白骨となる身であり、そのようなことがいつやって来るかもしれないという、人の命の儚さ(はかなさ)と、それをどのように受け止めていくかということを謳った(うたった)文章です。
考えてみると、生あるものはいずれ死んでしまうということは、誰も分かっています。
しかし、自分にその死を当てはめてみても実感が湧きません。
だから、自分自身はもとより、近親者の死というものに直面した時、迷い苦しむ人が多いのかもしれません。
この本には、人はなぜ生まれてきたのか、なぜ生きていくのか、どう生きていくのか、死とは何かなどが書かれています。
私たちの日常の中で、人の死と関わることは避けて通れないものです。
その死の原点でもある「生きる」あるいは「生かされている」とは何かということを考えてみることも必要だろうと思います。
そういう意味で時々読み返している一冊です。


     P1170519.jpg


関連記事

テーマ : ブログ日記 - ジャンル : ブログ

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

QRコード作成
写真・画像のWEB加工