守破離

最近では、あまり聞かなくなったのが、「守破離」。
実にいい言葉だと思うのだが・・・

守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。
日本において左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。
その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。
最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。
          Byウィキペディア      


このような目標を持って進んでいくのもいいだろう。
人それぞれの道。

        P1120812.jpg



住職ノート
先週は予定外の忙しいことでした。
東京は盂蘭盆が、7月のため、ご門徒にお参りを済ませてから翌日、演劇を見ようと切符を準備していたにもかかわらず、台風、ご葬儀とのこと。
急に予定を変更して、帰路に就いたことでした。
久しぶりに会うご門徒は、丁重にお迎え下さって、ふるさとの事が懐かしいようでした。
夜は医者である息子さんと食事をしながら、門徒の意味等々、社会状況を話したことです。

今月の標語は
 「生きている間は お医者様 死んだら お寺のお坊さん こんな大きな間違いはない 仏法は生きるためのもの」
としました。
私達は、年々年を重ねていきます。
いつかは、家族と別れねばなりません。
いつかは、何らかの疾病と付き合わねばなりません。
心の準備は、できていますか。
仏法は、如来の願いを信じ、念仏の日暮らしを通し、死ぬまで現実をどういかしめられるかということではないでしょうか。

寺の周囲は草だらけ。
昨日ちょっとだけ庭木にはさみを入れました。
今日は、肩、手の痛いこと。
そんなはずではなかったのに。
年に1回の定期健診をしてもらっても異常なし。
坊守からもっと体を動かさねばと言われることしきり。
自分の体は自分でコントロールしなければなりません、と自戒しきりです。


関連記事

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

QRコード作成
写真・画像のWEB加工