無為

「無為に過ごしてはならない」
と思いつつも、ついつい一日を無駄に過ごしているようだ。
これは、たぬきの反省・・・

人間は・・・
ではなく、
たぬきは、どうして安きに流されてしまうのだろうか?
「明日もあれば、明後日もある」という思いが、その根底にあるようだ。
本当は、御文章にもあるように「朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。・・・」なのに。

今日を生きること。
いや、今を大事にしたいものだ。

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住職ノート
敬老の日を含め、3連休の人も多かったことでしょう。
レジャーや、旅行で楽しんだ方もいる中で、農家の方は家族総出で、稲刈りに、そして新米出荷に、忙しい方もおられます。
一昨日、昨日と、早速取れたての新米を、お仏飯米としてお供えになりました。
誠に有り難いことです。
自分たちが戴く前に、仏様に先ずお供えしてからと、作業着の姿で持ってこられました。
現代社会に忘れられている姿を、教えられることです。

昨日は敬老の日。
少子高齢化社会といわれる中で、皆さんは、どのように、家族の、周囲の年配の方と接していますか。
みんなが同じように、老いていく姿になっていくのですよね。
今皆さんが接している姿が孫、子に伝わるのです。
その生き方が問われているようです。

お彼岸が近づいてきました。
浄土真宗では、讃仏会ともいいます。
一日一日が恵みの中で生かされて居ながら、それをそれとも思わず、仏恩を忘れた日暮らしをしている私が、仏縁に遇い、わが身を気づかさせていただく大切な法縁の時です。
今月末の標語は
  「秋彼岸 しみじみ 思う 身の愚か」
としました。
共々に手を合わせてみましょう。


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