ふるさとは・・・

「ふるさと」を想う。
秋になるとたぬきは、遠い記憶の中で「ふるさと」を想う。
たぬきのふるさとは、一体どこだろうか?
一般的に考えると生まれたところが、ふるさとなのだろう。
ところが、幼少のころの記憶が余りないとすると、果たしてそこが「ふるさと」と言えるのだろうか。
たぬきの人生は、子供のころから転々と引っ越しをした。
就職してからも1年から2年で転勤していた。
どこが、本当のふるさとなのだろうか。

室生犀星は、こんな詩を書いている。

 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや


この詩の評価は、色々な人が書いているので、敢えてたぬきは評論はしない。
ただ、何となく寂しい詩である。

この世の「ふるさと」は、そうであるかもしれないが、死して行く「ふるさと」がある。
だから、ふるさとはすぐそばにあると思えるのだ。

今夜は、「ふるさと」を考えるいい機会だったようだ。

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住職ノート
台風一過、急に炬燵がほしくなってきました。
タイの留学生を風邪ひかせてはと心 配です。

今月に入り市内のお寺から、親鸞聖人の報恩講の案内が舞い込んできています。
私も今までに2カ寺のご法話にご縁を持たせていただきました。
それぞれのお寺が、混と んとした時代に、懸命に努力されている姿に、私自身が教えられます。

今月の標語は
 「私が無駄に過ごした一日は 昨日亡くなった人が痛切に生きたいと願った一日」
と厳しい言葉にしました。
病を抱えながら、老いを見つめながら、真剣に生きている人を間近かにして自分の在り様を考えたかったからです。
1日たりとも無駄にできない今日1日です。


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