年賀状に想う

近年、年賀状の販売枚数が減少しているらしい。
それもそのはず、SNSの発達により、手軽で即伝達できるメディアを利用して新年の挨拶をする人が、若者を中心に多くなっている。
確かに、手軽で経費も掛からず、便利なものだ。
その利便性について、たぬきは全く異存はない。

しかし、たぬきは毎年、年賀状を買い求めて、300枚くらい書いている。
その数が多いのか、少ないのかはわからない。
年に一度の消息の確かめ合い?かもしれないが、「お世話になったあの人もお元気そうだ」「子供の時にやんちゃ坊主だったあいつも、頑張っているなあ」などと、わずかな紙面とコメントに色々な思いを馳せる。
また、年賀状があて先不明で返ってくることもある。
1年もたてば、転勤族の人たちは住所が変わっている。
以前、たぬきもヤドカリのように転勤生活を送ってきた。
1年か2年周期で転勤をする生活を繰り返す中で、うっかりして新任地の住所を連絡しなかったこともあった。
そんなことを思うと、年賀状があて先不明で返送されてきても腹は立たない。
そんなこともあろうかと、ストックしている新しい年賀状を取り出して、新住所宛に改めて年賀状を送る。
それが、たぬきの新年における重要な行事のようになっている。

このような中で、1枚の年賀状にこんなことが書いてあった。
 「これまでのご厚情に感謝いたしますが、新年のご挨拶は本年をもって失礼させていただきます」
とのこと。
高齢で、筆も取れなくなったのなら理解できるのだが、今年で第2の就職先を退職される方からだった。
確かに、毎年毎年ルーチンのようにする年賀状を書く作業。
面倒に感じることもあるが、どうなのだろうか。
たぬきは、その人を非難する気持ちは全くないのだが・・・

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