待つ長さ 過ぎ去る速さ 生きる今(その1)

前回書いたように、今日から住職が投稿された文章を掲載しよう。

新しいカレンダーの1頁が始まりました。
皆様はどのようなお気持ちで新年を迎えられましたか。
私は「光陰矢の如し」の感が、一年一年いっそう実感として受けとられる「年の始まり」です。
若い時の一日が二十四時間なら、年をとっても二十四時間に変わりがないはずなのに、近頃やたら月日が経つのが早く感じられるようになりました。
人間何でも沢山あると、のん気でいられますが、わずかしかないと思うとそうはいきません。
人生の一日に対する感じ方もそのあたりに関係しているのかも知れません。
ところがそうは言いながらも、なかなか一日を大切に思わず、案外いいかげんに過ごしているようです。
新しいカレンダーをめくりながら「今しておかねば」と思うことが沢山たまっているように思えてなりません。
「待つ長さ 過ぎ去る速さ 生きる今」あらためて我が姿を見つめてみたいものです。

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コメント

待つ長さ

待つ長さ 過ぎ去る速さ 生きる今
20年前からの私の記憶では「待つ長さ 過ぎ行く速さ 生きる今」でございました。

高校時分の当時は本質を理解することはございませんでしたが、言葉の並びの心地よさからか、今日まで頭に残っておりました。
歳を重ねるとともに人の死に直面する機会が増え、時間は有限であることを知らされました。
この先自分の死というものを具体的に考えるようになれば、一層理解を深められるのかもしれません。

ふとこの言葉が頭によぎったことがきっかけで、このブログに辿り着きました。

ご叱責ばかりではございますが、頂いた言葉、場面の一つ一つは今でも鮮明に記憶しております。

どうぞご自愛ください。

Re: けんじさんへ

けんじさん。
コメントありがとうございました。
私が、こうしてブログを書き始めてから6年になります。
当初は、毎日欠かさず投稿していましたが、最近はペースが落ちてきました。
それではいけないと思いながら、記事を模索しています。

幸いなことに、ブログをとおして色々な方と知り合うことができました。
ありがたいことだと思っています。

私は、これまで多くの人の死を見てきました。
人は、生まれたからには必ず死ぬということを若い時から思っていました。
そして、その死はいつやってくるのかは、誰にもわかりません。
年老いて、眠るように迎えることができればいいのでしょうが、いくら元気でも明日をも知れないのが、人間の儚い命です。
そうであるのなら、しっかりと今を見つめて生きること。
そして、死して行く道があることに思いをいたしてみようではありませんか。

よろしかったら、またブログを見に来てください。
今日は、本当にありがとうございました。

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