濃霧(2015.11.04)

今朝の松江は、濃霧だった。
以前にも書いたように、「放射冷却現象」という。

濃霧が発生し、車を運転していても前方が見えにくい。
早朝の暗い時には、殆ど前が見えないこともある。
このような放射冷却のある日は、日中は晴天に恵まれる。
すっきりとした、気持ちの良い日になる。

今朝は、濃い霧の中をライトを点けて車を運転した。

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写真で見ると、何ともなさそうに見えるのだが、この状態で車のスピードが上がれば、どうだろう。
危険極まりない状態になる。

普段、通う道だから何とかなるかもしれない。
これが、もし、知らない道だったり、もっと霧が深かったりしたらどうだろうか?
恐らく、不安で仕方がないだろう。

人の人生も濃霧の中を歩むようなものだ。
先のことは全く分からない。
明日もあると思うのは、ただ、今日があったから明日もあると思うのだろう。
そんなに危ういものが、たぬきたち人生。

しかし、もし、濃霧の中でも真っ暗闇の中でも、先に導く光明があれば随分違ったものになる。
例え今歩いているところが危うくても、先に進める。
人生の先を見させていただくことを思いながら、しっかりと今を生きていきたいものだのう。



住職ノート
深秋の候になってまいりました。
山々の色づきの中で、境内の桜の残り少なくなっ た枯葉がヒラヒラと一枚散っていきます。
ご苦労さんだったねと、話しかけてやりたい思いです。

「さようなら あなたも命をたいせつにね とささやきながら散っていった、ひと葉」
と味わった人がいました。
大事にしたいものです。

今月前半の標語は
  「おかげさまが 見える目を」
としました。
かげは「影」
目に見えないもの、目には見えにくいところ。
それに「様」をつける。
私に呼び掛けて下さっているようです。
眼に見えるものだけに、心を奪われているのでは?

今月14日夜、15日午前、午後報恩講の行事をします。
松江市内の真宗寺院では最後のようです。
本願寺総合研究所研究員、三次市の東光坊ご住職
 坂原 英見 師
にご法話をお願いしています。
先日新聞に、師が過疎地のお寺の現況を話していらっしゃいました。
どこであれ心の過疎を私たちは しっかり問い詰めたいものです。
沢山な方々のお参りを願っています。


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