シンガポール等(NO.35)

「北村韓屋村」
たぬきには、聞き覚えのない名称だ。
少し調べて見ると・・・

北村韓屋村(ブッチョンハノクマウル、韓:북촌 한옥마을、英:Bukchon Hanok Village)は、大韓民国のソウル特別市鍾路区にある、韓国の伝統的家屋である韓屋(ハノク)の密集する地区である。

北村韓屋村と呼ばれる一帯は、ソウル特別市中心部の北側に隣接した北岳山南麓の傾斜地に形成された住宅地であり、東側を世界遺産である昌徳宮に、西側を景福宮にはさまれたエリアにほぼ該当する。
北村は現在の行政洞(行政区)に当てはめると、鍾路区の嘉会洞(カフェドン)、三清洞(サムチョドン)という2つの行政洞に該当し、更に細かく分けると11の法定洞から構成されている。

これらの内、エリアのほぼ中央を南北に走る道路である嘉会(カフェ)路東側の嘉会洞(カフェドン)11番地、道路を挟んだ西側の嘉会洞31番地に、伝統的な家屋が集中している。
地区内には大韓民国指定登録文化財、大韓民国指定史跡ならびに、ソウル特別市民俗文化財・ソウル特別市文化財資料に指定された建造物等が多数存在するが、その多くが所有者個人の住居として現在も使用されており、これら指定物件の建物内部は非公開のものがほとんどである。

北村と言う地名は、漢陽(ソウルの昔の地名)の中心であった鍾路と清渓川(チョンゲチョン)の北側に位置することから名付けられた。

朝鮮王朝が成立した1392年頃から昌徳宮や景福宮などに隣接する北村は、権力を持つ家門や王族をはじめ、身分地位の高い両班の居住地とされてきた。
このように北村は高位階級の人々が暮らす地区であったが、今日見られる北村の家屋は小規模なものがほとんどで、大規模な韓屋は少ない。
これは朝鮮王朝末期から日本統治時代にかけての社会的経済事情や、住宅難を解消するために、路地に家を建てたり、地割を小規模な宅地に分割するなどした結果である。
今日見られる狭い路地に軒を連ねて韓屋が密集する北村の景観は1930年前後に形成されたものと推察されている。
          Byウィキペディア    


要するに、韓国の歴史的遺産で、昔の建物がそのままの形で残っている(残されている)場所。
韓流ドラマに出てくる場所のようだ。

北村の頂上からは、綺麗な紅葉が見られた。
日本では、この時期にはまだ紅葉の便りも聞けない時だけに、感慨深いものがあった。

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