興雲閣

先日、久しぶりに松江城山に行ってきた。
城山の二の丸上の段に「興雲閣」という建造物がある。
木造二階建てのレトロな建物だ。

ウィキペディアには、
興雲閣(こううんかく)は島根県松江市の松江城内に1903年(明治36年)に明治天皇行幸時の御宿所として建設された擬洋風建築の迎賓館。

藩政時代には御書院や御風呂屋などがあった松江城山二の丸の上の壇、松江神社の隣地に1903年(明治36年)、松江市が松江工芸陳列所の名目で建設した明治天皇行幸の際の御宿所である。
擬洋風建築最後の例とされる壮麗な館の建設費用は、当時の金額で1万3489円。
日露戦争勃発により明治天皇の行幸は実現しなかったが、1907年(明治40年)5月に当時の皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)が行啓し、当館を宿泊施設として使用した。

戦後は松江市教育委員会庁舎などに転用され、1973年(昭和48年)からは松江郷土館として、松江に関する歴史民俗資料や工芸品などを展示していた。

とある。

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たぬきが、多くを語らなくても次のホームページを見てもらうと分かるだろう。

          興雲閣

松江は、古代から近代にかけての歴史を訪ねることができる興味深い街だ。
また、折に触れて色々と紹介していこうと思うたぬきじゃ。



住職ノート
新しくなった玄関前の通路に、サクランボが落ちるころになりました。
先日は、蛇までその通路を、ノソリノソリ。
少々蒸し暑く感じるときもありますが、とてもしのぎやすい青葉若葉の候です。

熊本の地震がいまだ収まることなく、沢山の方々が厳しい生活を強いられていらっしゃるのを見て、何ともいたたまれない気持ちになるのは私だけでしょうか。
細やかではありますが、義援金を送らせていただきました。

今月の標語は
 「他人の不幸は 当たり前 自分の不幸は なぜと問う」
としました。
こんな時、大変な失礼な、無礼な言葉と知りつつ、日頃の私たちの姿を考え、厳しく問い直してほしく思うのです。

先日の常例法座にも、仏前にお参りする作法を通して、自分の姿を問い直してほしいことを話しあったことです。
念仏の日暮らし、合掌の日暮らしとは、仏前だけでなく、一挙手一投足の中に生きるものと思うのですが・・・。




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