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インド紀行(No.24)

13:15聖大菩提寺を出発。
6年間にわたる修行をやめられたシッダルタ王子に乳粥を差し上げたスジャ―タの住んでいた村に向かった。
そこには、スジャ―タ記念塔がある。

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聖大菩提寺の東、尼蓮禅河を渡ったところにセーナニ村があります。 
この村はファルグ河と尼蓮禅河が合流する三角州にある村でスジャータが住んでいた村として有名です。
お釈迦様が悟りを開かれる前、六年間の苦行生活をされておられましたが真理への道ではないとして苦行を止められ、尼蓮禅河で沐浴をされました。 
断食を含めた苦行生活でやせ衰えたお釈迦様は、緩やかな流れの尼蓮禅河で沐浴をされた後、やっとの思いで体を川岸に体を横たえておられたところ、スジャータという娘が通りかかり、近くの寺院に供えるために用意していた乳粥をお釈迦様にと差し上げました。
お釈迦様の晩年、生涯の中で価値のある供養としてスジャータの乳粥のことを語られたこともあり、スジャータを供養するために記念塔(ストゥーパ)が建てられました。
尚、このストゥーパからは仏舎利は見つかっておりません。
          By トラベルサライ


また、成道正覚前に王子が瞑想しようと訪れた「前正覚山」の姿もはっきりと見ることができた。

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ブダガヤの北東約7kmのところにあるのが前正覚山で、尼蓮禅河の川岸やスジャータ村から双瘤の山のように見える山です。
お釈迦様が苦行を止められ、スジャータの乳粥供養を受けられた後、瞑想をされようと山の中腹にある洞穴に登られました。
仏伝によると、瞑想をされようとして座そうとされた時、山が三度振動したとされ、山の神が出でて「この地は真理を得るのには適さない山です。この地の南東にある菩提樹下に向かわれるように」といい、この地に来られた記念としてお釈迦様の蔭を残されたと云われています。
          By トラベルサライ


その後、冬には流れのない尼蓮禅河の川岸にバスを停めてもらい写真撮影した。

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このように、一つ一つの景色が、釈尊に由来している。
2500年前の釈尊在世の時代に思いを馳せ、今たぬきたちが生きているこの世界で釈尊の説かれた心理に僅かでも触れられたことを感謝したい。
そんなことを思いながら、次の日程へと歩を進めた、たぬきたちじゃった。

つづきは、また次回・・・




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