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インド紀行(No.32)

迎仏の塔の写真撮影をした後、サールナートの僧院跡に向かう。

サールナートはヒンズー教徒の聖地ベナレスの北約10kmにある、お釈迦様初転法輪の聖地です。
お釈迦様が説法をされることを法の輪を転じられることから「転法輪」といい、初めて説法をされた聖地であるので「初転法輪」の聖地といわれています。

この地はベナレス近郊にあった鹿の住む静かな林で、元来、ヒンズー教でいう四住期の「遊行期」を迎えた人々が住んでいたところであり、ブダガヤでお釈迦様といっしょに苦行生活を送っていた5人の仲間は、乳粥の供養を受けたお釈迦様の元を去って、この地で修行をしていました。
真理を得られたお釈迦様は、最初に誰に真実を語ればよいか逡巡された後に、この地で修行している5人が適当であろうとこの地を訪ね、最初に説法をされました。

お釈迦様の説法を聞いた5人はそれぞれに法灯を灯してお釈迦様の弟子になられました。
ここはまさに「仏」と「法」、「僧」の三宝が整った聖地であり、仏教教団が誕生した聖地です。

ちなみに、鹿の林であったことからサールナートは「鹿野苑」ともいわれます。
          By トラベルサライ  


僧院跡までは、800mということで、バスで移動しても数分の所。
敷地の入口には立派な門扉があり、厳重に聖地が管理されていることが窺える。

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敷地の中も綺麗に整備されており、清々しい気持ちになる。

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少し歩くとダメーク大塔が見えてくる。
想像していたより随分大きな建造物だ。

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下の写真で白く見えるのは、スリランカの僧侶の人たちだ。

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サールナートは遺跡公園として整備されていて、その中心となるのはが広さ約一万六千坪の広さを持つサールナート僧院跡です。
僧院跡には9世紀頃に建立されたとするサールナート寺院の跡や紀元前3世紀に建立され、その後2回に亘って拡張された跡を見ることができる仏塔跡、そして、多くの奉献仏塔が並ぶ参道などが発掘されており、当時の様子を窺い知ることができます。

特に、遺跡の南東角に位置する高さ34mのダメーク大塔は印象的です。
ダメーク大塔は5世紀に栄えたグプタ王朝時代の大仏塔だとされ、この地でお釈迦様が五人の修行仲間に初めて説法をされた場所だとされています。
現在は上部の伏鉢部分が崩れていますが、鼓胴部には卍や唐草文様が残っています。

また、寺院遺跡の北側には石版で造られたトンネルが有り、現地ガイドの話によれば、10世紀にこの地に栄えた王朝はヒンズー教を信奉していたが、王の后が仏教徒であったために、人知れず寺院に参拝できる様にと造られたトンネルだとのことです。
ちなみに、ダメーク大塔の東にはスリランカ寺院があり、寺院跡を発掘した際に出土した粘土板に刻まれていた寺院の姿を再現したものだとされています。
          By トラベルサライ  


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ダメーク大塔の前では、釈尊を偲びながら「重誓偈」のお勤めを皆さんと一緒にした、たぬきじゃった。

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つづきは、また次回・・・



住職ノート
11月も後半に入りました。
先日、東京築地本願寺で、SDGsという耳慣れないシンポジュウムに、聴講に行きました。
国連が2015年に「誰一人取り残さない」を理念に、世界を変革する17目標を掲げ、2030年までに持続可能な開発していくことに理解を深めよう、との研修会でした。
西本願寺の門主は冒頭に「念仏者の生き方と現代的課題」としてのスピーチをされ、宗派の総長も主催者として参加されての会でした。
国連からもナセル広報部長が出席され基調講演、国谷裕子氏をモデレーターに4人のパネラーの議論が活発に展開されました。
ナマケモノにもできるアクションガイドとして身近なところから、貧困をなくす、安全な水とトイレを世界中に、エネルギーをみんなに、そしてクリーンに、格差、等々私達が日常生活の中で簡単にできる実践行動を考える機会でありました。
私達、寺が目指している目標そのもでした。
地方に住むものとして、出来ることから行動に移していかねばと再確認をしたことです。

18日、19日は西宗寺の報恩講です。
誰に、何を報恩するのでしょうか。
喜怒哀楽の情を抱きながら、どこに向かって日々過ごしているのでしょうか。
それでいいのか、それでいいのかと、呼び続けていらっしゃる方が・・・・・。
それを気付かさせてくださったのは、ほかならぬ親鸞さまではなかったか。
聴かせてもらいましょう。
己の姿を開けっ広げにして。
沢山の方のお参りを、未信、不信の方がた、初めての方がたを含めてお待ちしています。

今月後半の、標語は私の今の姿そのものを表現しているようです。
 「我が心 鏡に映るものならば さぞや 姿の 醜くかるらん」
としました。
毎日鏡を見ながら、何とも思わず、本堂にお参りすると、何か見透かされてる思いが急にしてくる今日でした。
妙好人の才市さんは、
 「我が心、見えもせず、心が鬼になる これが地獄の証拠よ 南無阿弥陀仏」
と歌ったそうです。
まったくどうしようもない私の在り様です。



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