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インド紀行(No.33)

ダメーク大塔でおつとめをした後、僧院跡に向かう。

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サールナート(ヒンディー:सारनाथ,Sārnāth、英語:Sarnath)は、インドのウッタル・プラデーシュ州にある地名。
ヴァーラーナシー(ベナレス)の北方約10kmに位置する。
仏教の四大聖地のひとつ。

現サールナートは、釈迦が悟りを開いた後、鹿が多く住む林(旧訳「施鹿林」、新訳「鹿野苑」)の中で初めて教えを説いた初転法輪の故地とされる。
鹿野苑(ろくやおん、梵: mṛgadāva)はリシパタナとも呼ばれる。
リシパタナ(梵: ṛṣi-patana)とは「聖仙の集まるところ」の意で、『解深密経』などでは「仙人堕処」(仙人の落ちる所)と誤訳され、『雑阿含経』などでは「仙人住処」(仙人の住む所)と訳されている。

鹿野苑だったとされる場所は現在はインド政府によって整理され遺跡公園になっている。
その周辺からは「サールナート仏」と呼ばれる仏像が多数出土し、最高傑作とも評される「初転法輪像」がサールナート考古博物館(英語版)に収蔵されている。
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僧院跡から振り返るとダメーク大塔がこんな風に見える。

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また、後ほど訪れるスリランカの「ムーラガンダ・クティ寺院(初転法輪寺)」 の屋根も見える。

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僧院跡には、3世紀に建てられた「アショーカ王柱」がある。

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アショーカ王の柱、アショーカ・ピラー、アショーカ塔、阿育王塔はアショーカ王が建立したとされる柱あるいは塔。
表面に東部プラークリットで碑文が刻まれており、仏教の歴史の解明にかかせない貴重な資料である。
柱のほかに岩に刻まれた碑文もあり、こちらは東部プラークリットのほかに西部プラークリット、ガンダーラ語、およびギリシア語とアラム語の二言語で記されたものがある。

釈迦の生誕の地(ルンビニ)は、石柱が発掘された事で特定された。
石柱には、ここがブッダの誕生された地であることと、租税を免除することが書かれていた。
これによって、釈迦が伝説上の存在ではなく、歴史上実在したことが認められた。
また石柱にはさまざまな文章が書かれているが、現存する仏典と一致しないものも多く、仏教思想の変遷の跡が認められる。
また、漢訳の仏典で菩薩に相当する部分が、石柱ではブッダとなっており、大乗の菩薩思想が登場する以前の資料としても注目されている。
アショーカ王の時代は仏教の歴史でいう「根本分裂」の時代に相当し、石柱にも分裂を諌めるアショーカ王の文章が掲載されている。
内容からみてアショーカ王は上座部を支持していたようである。
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釈尊の仏跡を訪ねる旅も間もなく終わりを告げる。
まだまだ行ってみたいところはあるのだが、次の機会を見つけて行きたいものだ。
そして、たぬきは、この度インドを訪れる機会を得て、仏教というものをもっと勉強してみたいと感じた。

それでは、もう少しだけたぬきのインド紀行に付き合っていただきたい。

つづきは、また次回・・・



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