貞観地震(じょうがんじしん)

東日本大震災は、1000年に一度の地震だったとか言われる。
8月3日の産経新聞に「巨大地震の世紀か…」というみだしで書かれていた。
一部を引用すると…


東日本大震災規模とされる平安時代の貞観地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和地震(にんなじしん)など9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似している…

云々とあった。
そこで、貞観地震を調べてみた。


貞観地震(じょうがんじしん)は、平安時代前期の日本で起こった巨大地震である。
貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日、グレゴリオ暦換算7月13日)に陸奥国東方の海底を震源として発生した。
地震の規模は少なくともマグニチュード8.3以上であったと推定されている。

古い時代の東北日本の地震災害においては珍しく、詳細な文献記録が残っている。
史料には甚大な津波被害の発生が記述されており、三陸地震の1つとして理解され、貞観三陸地震と呼称されることがある。
津波堆積物等の詳細な研究結果による想定震源域は、宮城県沖から福島県沖とされている。
更に、宮城県沖・福島県沖に加えて、三陸沖も震源域となった巨大地震であったとする説もある。

従来から文献研究者には存在が知られた地震であったが、東北地方の開発に伴う地盤調査と日本海溝における地震学研究の発展に伴い、徐々に地震学的研究が積み重ねられている。

仙台平野で津波が仙台湾の海岸線から3km侵入したことは、既に1990年に東北電力が女川原子力発電所建設のために調査して発表されていた。

2000年代になると、ボーリング調査等による仙台平野の津波の痕跡の研究が長足の進歩を遂げた。
仙台平野の沿岸部では、貞観地震の歴史書が記述するとおり、1000年ほど前に津波が内陸深く溯上したことを示す痕跡が認められた。
ところが研究が進むにつれ、この種の津波の痕跡には、貞観津波を示すと思われるもの以外にもいくつか存在することが明らかとなった。
東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センター等の研究では、仙台平野に過去3000年間に3回の津波が溯上した証拠が堆積物の年代調査から得られ、間隔は800年から1100年と推測されている。
また、9m程度の津波が、7- 8分間隔で繰り返し襲来していたと考えられる。
2007年10月には、津波堆積物調査から、岩手県沖(三陸沖) - 福島県沖または茨城県沖まで震源域が及んだ、M8.6の連動型巨大地震の可能性が指摘されている。

2011年3月には三陸沖を震源として、岩手県沖から茨城県沖までの広範囲を震源域とするMw9.0の連動型超巨大地震、東北地方太平洋沖地震が発生した。
貞観地震と同様に広範囲を震源域として巨大津波が発生している点、さらに上記の800年から1100年間隔で同様の地震が発生するという推測などから、この地震は貞観地震との関連性が指摘されている。


因みに、貞観という時代を調べると
① 唐の太宗朝(627年~649年の年号
② 平安時代初期(859年~877年)56代清和天皇~57代陽成天皇時代の年号
とある。

まさに、1000年余にあった地震発生と同じ状況にあるらしい。
次には、東海、東南海、南海地震という連鎖も取りざたされている。

平安時代の地震連鎖の最後、仁和地震(東海、東南海、南海の3連動型)が発生する7年前(880年)に出雲地方地震が発生したという記述もある。
この地震は、貞観地震からわずか11年後に発生している。

たぬきの住んでいる出雲地方に近い将来地震があるかもしれない。
今のうちに備えをしっかりしておきたいものだ。



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