尾原ダム

先日、道の駅を探して雲南市や奥出雲町へ行った話をした。
少しばかり話し足りないことを思いだしたので書いておこう。

道の駅「おろちの里」は、ダム湖に面した場所。
そのダムは、国交省直轄の「尾原ダム」だ。
このダムの概要については、ウィキペディアを引用させてもらうこととしよう。


尾原ダム(おばらダム)は島根県雲南市、一級河川・斐伊川本流上流部に現在施工中のダムである。

国土交通省中国地方整備局が施工主体である国土交通省直轄ダムで、高さ90メートルの重力式コンクリートダム。
2011年(平成23年)に完成予定。
1972年(昭和47年)の1972年7月山陰豪雨(宍道湖大水害)を機に、宍道湖・中海を含む斐伊川水系および隣接する神戸川の治水と、県都・松江市への上水道供給を目的とした斐伊川・神戸川総合開発事業の中心事業として志津見ダム(神戸川)と共に建設が進められている特定多目的ダムである。
ダムによって形成される人造湖は地元公募によってサクラと日本神話の一つで斐伊川流域に深く関わる八岐大蛇(やまたのおろち)に因みさくらおろち湖と命名されている。


ダムは、写真のように既に完成していた。



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大きなダムに思わず圧倒されそうなくらい雄大だ。
このダムは、辞典にもあったように八岐大蛇(やまたのおろち)伝説のある斐伊川に作られたものだ。
少し長くなるかもしれないが、暴れ川「斐伊川」について、辞典を引用して解説をしよう。


斐伊川における水害の被害は江戸時代より大きくなっていた。
その理由としては一つには河川流路の変化、もう一つにはたたら製鉄の影響がある。
元来斐伊川は大社湾付近で神戸川と合流し日本海に注いでおり、宍道湖や中海とは通じていなかった。
しかし江戸時代度重なる洪水で流路が変わり宍道湖に注ぐ現在の形態となった。
この宍道湖より流出する唯一の河川が大橋川であるが、川幅は狭く斐伊川の水量を速やかに排出するだけの能力はなく、大雨が降れば大橋川付近で水がせき止められ宍道湖にあふれ出し、沿岸の松江市は浸水被害を蒙るようになった。

これに加え斐伊川上流は砂鉄の産地であり古来より鉄穴(かんな)流しと呼ばれる流水で砂と鉄を分離する手法による製鉄が盛んに行われ、松江藩においても奨励された。
しかしこの手法により大量の不要な土砂が斐伊川に流されたことで中流・下流に土砂が堆積、次第に平地より川底が高くなって天井川となった。
従って大雨や台風で斐伊川が増水すると中流では天井川の影響で容易に堤防より水があふれ、下流では大橋川のバックウォーター現象で宍道湖が増水し被害を受けるという複合的な問題を抱えるようになった。


それで、ダム建設が行われたのだ。

また、解説にもあるように、暴れ川といわれる斐伊川がおろち伝説となり現在に伝えられている。
河川災害と治水が、古代からの命題として伝説となった。
そして、それが壮大な古代史を彩るには、絶好の題材になったのだろう。

まさに、神話の国を彷彿とさせる風景ではないだろうか。





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