八重垣(やえがき)

10月10日 「全国夜神楽フェスティバル in松江城」へ行った後、家の近くにある許曽志神社の秋祭りに行った。

このお宮のことは、随分前にこのブログで紹介した。
よって、お宮の由来等については書かないことにする。

どうしても当時の記事が見たいという人は、
  2009年10月11日の「鶏と猿?(許曽志神社)」
の記事を見てほしい。

話を元に戻そう。
許曽志神社に行くと、既に神楽は始まっていた。




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聞いてみると、今夜は有名な佐太神社の佐陀神能とのことだった。
佐太神社のホームページを見ると、出雲流神楽の源流「佐陀神能」と解説してある。

神社での最後の演目は、「八重垣」だった。

たぬきは、佐陀神能の演目も殆ど知らない。
解説を聞いてみると、あの八岐大蛇の舞だという。

素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇を退治した後、「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」と詠んで櫛稲田姫との住居を構えたことから、八重垣という演目名がついたのかもしれない。

この神楽は、素盞嗚尊が大蛇を退治するのだが、石見神楽と違い、拍子は遅く、衣装もシンプルだ。
大きな違いは、大蛇が人の型のままだ。




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     素盞嗚尊


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     八岐大蛇


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     八岐大蛇の面には、八つの目がある。


石見地方で育った、たぬきには、違和感はあるが、石見神楽と同じように重要無形民俗文化財にも指定されている。
貴重な文化財だ。

石見地方と同じように、秋祭りに舞われる神楽は、昔から庶民の娯楽と心の癒しになって来たのだろう。
たぬきの後ろにいたおばあさんが、「昔は多くの人たちで賑わっていたのになあ」と寂しそうに話していた言葉が、今でも頭の片隅に残っている。

そう言えば、殆ど観客もいない。
若者は来ておらず、子どもも2人しか来ていない。
このままでは、祭そのものも廃れていくのではないか?
そんな思いがした、たぬきじゃった。




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