インド紀行(No.19)

ブダガヤへ向かっているたぬきだが、今暫く途中の景色を見てほしい。
たぬきが、こんなに回りくどく目的地へ行くまで、その途中の経路の写真を載せているのは、こんな機会でもない限り紹介することができないからだ。
仏跡だけの紹介だったなら、ネットで見ればそれでいい訳だ。
目的地に至るまでの経過をしっかり見てほしい。
敢えて、たぬきが紹介するまでもなく、このブログを見た人に感じてもらえばいいと思う。

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水牛は、こうやって水浴をするのか?
始めて見た水牛の水浴びに少しばかり感動した、たぬきじゃった。

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窓外には、岩山ばかりの景色が続く。

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ブダガヤまでは、まだまだのようだ。

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そのうち、鉄道の線路が見えてきた。
道路は曲がって、踏切を渡る。

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到着までは、まだしばらく時間がかかるようだ。

つづきは、また次回・・・ 



住職ノート
朝晩涼しさを通り過ぎ、寒さを感ずる10月になってきました。
黄色く色づいた稲穂、彼岸花の凛とした直立不動のあぜ道、ユラリユラリと風の吹くままに頭を振るコスモス。
穏やかな光景がここにあります。

先日喜ばしい知らせを届けてくださいました。
一つは「世界の奇虫図鑑」という本を、若いご門徒が発行されたこと、小学6年生が全国柔道大会で3位に入賞したこと。
それぞれが自分の関心のあることに挑戦して立派に努力している姿に、私自身が教えられることです。
深まる秋の夜長に、じっくりと本でも読みましょうか。
スポーツの秋,
読書の秋、食欲の秋・・・・・。

今月の標語は
 「夜半の目覚めの 南無阿弥陀仏 つれて行くぞの 親の声」
としました。
随分前、九州人吉にお邪魔した時、「五木の子守歌」の替え歌とし、「念仏子守歌」として歌われた一節です。
眠れぬ秋の夜長に、ふと出てくるお念仏を静かに味わってみたいものです。
喜怒哀楽の生活の中で、私の姿をまたひとつ気づかさせてもらいました。
親の声とはどなた様でしょうかね。       



インド紀行(No.18)

王舎城南門を出発したのは、到着して4分後の9:32。
このまま、ブダガヤへ向かうことができる。
そんな思いをしていた矢先、インド陸軍の射撃訓練で道路閉鎖。

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何故、こんなところで道路が閉鎖されるのだろう。
写真を見れば分かるだろうが、道路には簡易な鉄条網と銃を持った兵士がいる。
日本ではありえない風景だ。
添乗員さんの話では、15分ばかり待てと言っているようだが、どのくらいかかるか分からないとのこと。
心配しながら待っていた。
20分余り待たされて、やっとバスが出発した。

出発してから軍隊の射撃場とやらを見ると・・・

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何とまた、信じられない風景だ。
兵士らは、道路を越えて反対の山の斜面に向け射撃していたようだ。
なんと、これがインドか、と思う反面。
こういったことが許されるのもインドか。
たぬきは、そんな思いをしたが、読者の皆さんはどう思われるだろうか?

しかし、せっかく来たインドで、こういうアンビリバボーのインドを見ることができた、たぬきたちはラッキーだったかもしれない。

そして、バスはブダガヤに向かって行く。
途中、撮影した景色をここに掲載しておこう。

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ひたすら農村地帯を走る。
そして、高地へ向かう。

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今は、こんなところをバスが走っているようだ。

さて、今日はこのくらいにしておかないと、写真が多くてブログがアップロードできないかもしれない。

つづきは、また次回・・・        





大乗10月号(2017.09.28)

本日は、インド紀行はお休みということで・・・
別の記事を書こうと思う。

先日、本願寺出版の本願寺機関誌「大乗」編集部から取材を受けるという話をした。
9月の上旬に取材を受け、どんな記事になるのだろうかと、たぬきは内心心配しておった。

今日、お寺に本願寺出版から「大乗10月号」が送られてきた。

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なんと、この機関誌の58~59ページにわたって、たぬきと住職との関わり、そしてブログのことが書いてある。
しかも記事は、住職との関係を的確に表現されている。
本当にありがたいことだ。

たぬきは、住職の人格に触れ、自ら仏教を学んでいく中で、どうすれば浄土真宗のおみのりが弘まるのかと思っていた。
パソコンを駆使して情報発信をしても、どの程度の方が見て下さるだろうか?
特に、お寺にお参りされる方は、お年寄りが多い。
その方たちに、IT?インターネット?
そんなことを思いながら、しかし、何かをしなければという思いだけで始めたこのブログだった。
振り返ってみれば、早くも9年・・・
少しずつではあるが、多くの方たちに見ていただき、ときにはコメントも送って下さる。
そのことに、たぬきのひそかな感動がある。

たぬきは、機会あるごとに門徒推進員の方や中央仏教学院の卒業生や受講生の方たちに、こんな情報発信の仕方もあると、たぬきのブログを紹介している。
お金もかからないし、内容は自由に書ける。
こんなに、いいことはないだろうと思うのだがのう。



たぬきの独り言

どうか、パソコンやインターネットをされる門信徒の皆さんで、たぬきのようにブログでも書いてみたいと思われる方は、連絡していただければお話することは可能です。
ブログのコメント欄に投稿をお願いします。

また、たぬきのこのブログを毎日見て下さる皆さんに改めて感謝いたします。
励ましていただいたり、コメントをいただき、ありがとうございました。
どうか、今後ともよろしくお願いいたします。
          By たぬき

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インド紀行(No.17)

インド紀行を書いていながら、こんなことを書くのはどうかと思うが、・・・
ここで敢えて書いてみようと思う。
それは、たぬきが余りにも釈尊のことについて勉強不足だったか・・ということだ。
確かに、釈尊の仏跡を訪ねては見たものの、それはたぬきの聞きかじったことや少しだけ歴史を学んだことの知識しか無い中でのインド訪問だった。
そんなたぬきの「インド紀行」。
そう思いながら見ていただければと思う。

さて、「竹林精舎」を9:10に出発。
「七重の牢獄跡」には、5分ほどで到着。
この牢獄跡については、前回書いたとおりだ。

そして、ブダガヤに向けて進む。

途中、王舎城の南門跡でバスは停車。
復元された南門跡を下車して写真撮影した。

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南門跡の河原では、洗濯している女性たちや水遊びをしている子供たちがいた。

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ブダガヤから王舎城に向かうと、それまでの広い農地と違って小高い岩山が車窓に広がると王舎城に到着します。
二つの岩山が稜線をあわせた間が小さな峠になっています。
稜線にはマガダ国の南側の城壁の基礎が再現されており、当時の様子を窺い知ることができます。
また、峠にはヒンズー教のカーリー女神を祀る祠があり、道中の安全を願って賽銭を投げ入れる運転手の姿をご覧いただくこともございます。
また、南城壁を北に向かって500m程のところに轍の跡が残っています。
岩盤の上を重い荷物を惹いて南門に行き来していたのか、荷車の轍が深く刻まれていて、当時の営みの一端を知るような遺跡です。
また、轍の跡を辿って南側の路面には4世紀から5世紀にかけて掘られた文字が残っています。 
残念ながら解読はされておらず、将来を待たなくてはなりません。
          By トラベルサライ  


前記の説明文は、ブダガヤから王舎城に向かってのことが書かれている。
たぬきたちは、この反対のルートを進んでいた。

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これが、「ヒンズー教のカーリー女神」。

つづきは、また次回・・・





インド紀行(No.16)

ホテル出発は、8:30
前日時間が押して行けなかった「竹林精舎」へ向かう。

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竹林精舎は、ホテルから10分ほどのところにある。
ここが、竹林精舎の入口だ。

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竹林精舎(ちくりんしょうじゃ、サンスクリット語:Venuvana-vihāra)は、仏教で建てられた最初の寺院である。
迦蘭陀竹林ともいう。

中インドのマガダ国の首都である王舎城(ラージャガハ)(現在のビハール州ラージギル)にあった。
迦蘭陀(カランダ)長者が所有していた竹園で、当初は尼犍子(ジャイナ教)に与えていたが、長者が仏に帰依したことでこれを仏教の僧園として奉じ、頻婆娑羅(ビンビサーラ)王が伽藍を建立したといわれる。
天竺五精舎(天竺五山とも)の一つ。
          By ウィキペディア     


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竹林精舎の詳細は、以下のブログを・・・

          アショカツアーズ

釈尊の仏跡を巡る中で、たぬきの知識の浅さ(勉強不足)をつくづく感じる。
折角インドへ行ったのだから、しっかり勉強しておくべきだったと思ったのだが、その時は既に遅かったようだ。

たぬきは今、予習ができていなかった分、今になって復習をしている。



住職ノート
9月後半の法語です。

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インド紀行(No.15)

前回は、「霊鷲山」からいきなり「七重の牢獄」に飛んでしまった。
それは、皆さんに「王舎城の物語」について予め知っておいてほしかったからだ。
そうしないと話が前に進まないと思ったからだった。

霊鷲山からホテルに向かう。
途中、「ジーヴァカのマンゴー樹林跡(病院跡)」や

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「温泉精舎」を車窓から見る。
聞くところによるとインドでは、温泉があるのは珍しいようだ。

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王舎城の北城壁の北西側の岩山の麓に温泉が湧き出しており、ヒンズー教の寺院があり、温泉が整備されています。
温泉は4カ所あり、元来はカーストにより入浴できる温泉が決まっていました。
最上には男性用と女性用の温泉があり、40℃弱の温泉が湧き出しています。
日中には近郷の人々が湯浴みに訪れ、ヒンズー教の祭の時などは特に賑わっています。
ヒンズー教寺院の境内地であることから、見学の際には真摯な態度が必要で、必ずガイドを伴って見学されることをお薦めします。


すっかり夜が明け、ホテルに帰ったのは、7:00だった。
明るくなってからホテル内を見ると・・・

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なんともしゃれた佇まいだ。

朝食は、日本食。

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たぬきは、味噌汁とお粥を食べる。
日本食ということで、なんとなく心も落ち着くようだ。
インドのカレー味もいいのだが、たぬきはやっぱり日本食がいい!




インド紀行(No.14)

これからブログを書き進めていくためには、どうしても書いておかなければならないことがある。
それは、「観無量寿経」にもある王舎城についてだ。

『観無量寿経』(かんむりょうじゅきょう)は、大乗仏教の経典の一つ。
別名『観無量寿仏経』、『無量寿仏観経』、『無量寿観経』ともいい、『観経』と略称される。

阿闍世という名の太子が、悪友の提婆達多にそそのかされて、父の頻婆娑羅王を幽閉し餓死させようとした「王舎城の悲劇」を導入部として、王の后である韋提希夫人の願いにより釈迦が、極楽世界や阿弥陀仏、観音・勢至の二菩薩を観想する13の観法を説く。
そして、極楽世界に往生する者を「上品上生」から「下品下生」まで九品に分類し、最後に釈迦が阿難に向って「無量寿仏の名号を、常に心にとどめ続けよ」と説く。
          By ウィキペディア      


今から2500年以上前の釈尊の時代、インドで一番の勢力を誇っていたのがマガタ国。
その首都が、王舎城だった。
そこで起こったのが、「王舎城の悲劇」といわれる父「頻婆娑羅(ビンビサーラ)王」を幽閉して、最後には餓死させた息子「阿闍世(アジャセ)太子」と王の妃「韋提希夫人(イダイケプニン)」の物語だが、これらの詳細については、ここでは書かない。。
インターネットでは、この話の詳細が色々と書かれているので、そちらを参考にして欲しい。

そして、たぬきたちが訪れたのは、頻婆娑羅(ビンビサーラ)王が幽閉されていた「七重の牢獄跡」。

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ここから、遠くに霊鷲山が見える。

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また、七重の牢獄の外壁から内側に二重目、三重目の壁の跡と思われる遺構も確認できる。

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王舎城内の南東部にある広大な広場の様な遺跡が七重の牢獄跡の遺跡です。
お釈迦様のいとこにあたるダイバダッタ(ダイバ)より出生の秘密を明かされたマガダ国の王子「アジャセ」は、その恨みから父を亡き者にして王位を継承しようとビンビサーラ王を幽閉しました。
善政をひいたビンビサーラ王は臣民の信頼も篤く、ビンビサーラ王を幽閉するために七つの壁で囲まれた牢獄を造り、そこに幽閉したとされています。
現在の遺跡は外郭の牢獄の壁の基礎が四角く整備され、南側の一角に二番目と三番目の壁の一部の基礎部分が露出しています。
ちなみに、東約2kmにある霊鷲山を望むことができます。
          By トラベル サライ     


釈尊の説かれた経典の中の一節が、このように実在していることに驚嘆した、たぬきじゃった。



住職ノート
朝夕めっきり涼しくなってきました。
早速、新米を一俵ずつ、2軒の方がお供えくださいました。
自分のところが食する前に、お仏飯としてご持参くださる姿に、有難い思いを感じさせていただきました。
自分、自分の主張が強い今日、こんなに尊い姿勢がこの地方には、残っているのです。
大切にしたいものです。

明日(16日)は常例法座。
テーマはカレンダーの(願力無窮に ましませば 罪業深重も おもからず)を味わってみたいと思います。
仏さまの願とは何だったでしょう。
誰に向けられた願いだったでしょう。
秋の彼岸を通してわが身に充ててみたいものです。

今月の標語は
 「泣いて泣いて生まれ 泣いて泣いて別れ 涙でつなぐ『いのち』のバトン 『いのち』刻み 有難う」
としました。
ある歌手の歌の文句の中にありました。
いま私たちは、そのバトンをどのように持って、走っているのでしょう。
お仏壇の前に座して、振り返ってみたいものです。

      



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